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alone
その駅は、駅員がひとり居るだけの小さな駅だった。降りた途端、降り止んだ雨の匂いが鼻を掠める。
湿度の高いぬるりとした潮の香りが、うっすらと頬を撫でた。
周囲に街頭の姿はまばらで、駅の照明だけが煌々と辺りを照らしていた。
この辺りでは見かけないような制服姿の私に誰ひとりとして気を留めない。寂れた街を、さっき見えた場所の海を目指し。足元だけを睨みつけながらぐんぐんと歩いてゆく。
歩く私を車のライトが照らしあげ、真横を追い越してゆく。
知らない街の夜を、ただ、歩く、歩く、歩く。
月は、満月とは言い難い不完全な形のまま私の横をいつまでもいつまでも着いてきた。
しばらく歩いていると、小さく波の音が聞こえてきた。
ザザン、ザザンとその音に吸い寄せられるように音のする方へと足を向ける。音を頼りに、歩き続けてやっと海を見渡せる場所に出た。自分のいた場所がようやく分かった。
そこは切り取られた崖の上だったのだ。立ち並ぶ家々が自分と同じ目線にあったため、気がつけなかった。下を覗き込むようにして見えたのは、曇りはじめてきた弱々しい月明かりに照らされた海面だった。
風が止む、海鳴りの音がする。しん、と鎮まりかえる夜の海。
静かにまぶたをおろす。視界が闇に染まり、聴覚が研ぎ澄まされてゆく。再び聞こえはじめた波の音、雨に濡れた土の匂いと潮の匂いが入り混じる。
静かな闇の中、思考を巡らせる。ザーン、と一際大きく響いた波の音が私に想像させる。
このまま、ここから翔べてしまったら。
楽に、なれるのだろうか。もう、なにも考えずに済むのか。
「ねぇ、ひとり?」
声がした。
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