「毒」対決

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「我々のサイトに嫉妬した連中が厄介な奴らを集めているとは聞いていたが」  ドクター・イミューニーはすぐに屋上へとやってきた。 「こうも早くお出ましとはね。だが、この島は治外法権だ。『どんな手』を使ってでも君を排除させてもらうよ? 死香婦人とやら」  メガネの真ん中をくいっと上げて死香婦人と対峙する。その距離は5メートルそこそこ。 「おや、アタシが誰だか知っていてそんな近くに寄っていいのかしら?」  ふらりと死香婦人が振り返った。その口元が怪しく嗤っている。 「問題ない。君が持っている66種の毒についてはすでに対策済みだ。どれも私には効果がない」 「ほほほ! そんなに詳しいだなんて照れてしまいますね。ファンなんですか? アタシの。それは不思議な縁を感じますこと」 「そうだな。君はこの業界においてはあまりに有名人だからな。特に高リスクエボラウィルスの論文はとても興味深く拝見しているよ」  『普通の』人間では感染リスクが高くて進まない研究、それこそが死香婦人の最も得意する分野。日本政府がその危険性に目をつぶって隔離・協力しているのもそれが理由。 「だったらもっと近づいてもよろしくてよ? 何なら包容して頂いても。私は普通の人と同じように他人と抱き合えるために研究を続けておりましたので」  死香婦人にはまだ余裕があるようだが。 「いや、ここから先は高リスクゾーンなのでね。どんな免疫力をもってしても暴露限界というものがある。放射能汚染と同じでね。発生源に近寄れる時間には限界があるものだ」 「ふふ……ではそこから動かないことですわね。けれども、さすればこのディーラー棟の皆さんは直に私の猛毒に当てられますわよ。こんな孤島では専門的な治療もできるかどうか」 「甘くみるなよ。私は化学兵器テロ対策の専門家として招聘されているのだ。そのくらいの用意はある。大抵の毒物なら対処可能だ。それに大半の関係者には建物外へ脱出するよう伝えてある」  だが『それ』も死香婦人を自由にさせていたのでは意味がない。 「死香婦人、君があらゆる毒物に対して生きたまま発症しないという特異体質であるのには理由がある」  ドクター・イミューニーが胸元から拳銃を取り出した。 「ある種の特異なタンパク質があらゆる病原菌を取り込んで不活性化させ、必要に応じて放散させる仕組みを持つからだ。なので私は『それ』が何なのか徹底的に研究した。そしてそのタンパク質さえ無効化すれば」  拳銃の銃口が死香婦人の胸元へと向く。 「君は自分の毒で自滅するということだ」  迷うことなく引かれる引き金。発射される弾頭は鉄板を纏ったアンプルだ。  バシュ! っと軽い音がして死香婦人の肩口から鮮血が走る。 「これで終わり。実に簡単な話だ」  銃口が確信をもって床へと向けられる、が。 「ふふ……私が常にマイナス80度の環境下で暮らしている理由をご存知ないので?」  傷口からの出血を抑えながら死香婦人がニタリと嗤った。 「それはですのよ。66種+αが活性化しないように」 「何?!」  イミューニーが青ざめる。だが、まるで痺れたかのようにその足は動かない。気付いたときには、死香婦人はドクター・イミューニーにがっしりと抱きついていた。そしてまるで吸血鬼のように首元へ八重歯を突き立てる。  滲み出る鮮血。 「しまっ……!」 「さあ、こうなってはアタシもあなたももう助かりません。死の間際にこうして優れた研究者である殿方に抱きつけて、アタシはもう思い残すことはありませんわ」 「はな……せ……」  必死に振りほどこうともがくものの、イミューニーの意識はすぐに掠れててった。 「ああ、人の体温って温かいものですね」  死香婦人もゆっくりと目を閉じた。
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