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「出たか、ババァめ! だがちょっと遅かったんじゃねーのかよ? かなり壊してやったからな!」
《ひひひ! そのくらいの破損は想定内なんでな。それより、ちと暴れて気分も収まったんじゃないのかい?》
そうしている間にも二酸化炭素濃度は増しているようだ。じっとしていると間違いなく命の危険がある。
「くそったれめ!」
目の前のシャッターをぶん殴るも、金属音がするだけでびくともしない。
「他に出口は?」
見渡してみるも、逃げられそうな出入り口はない。
《意地を張るのも限界だろ? もう諦めな》
絶対的な上から目線。せせら笑うような口ぶり。
「冗談……じゃねぇ」
タフ・ボーイがカメラの画角から消えた。
そして、15分後。
サーバー室内に再び酸素が流され、ドアが開けられる。ライフルで武装した警備員3名とともに、腰の曲がった老婆が入ってきた。グランド・マザーだ。
「死体を探しな。何、例えまだ生きていたとしても殺虫剤食らった油虫みたいに『虫の息』さね」
ライフルの男たちが辺りを慎重に見渡していく。
「いたか?」
「いないぞ。そっちは?」
「見当たらんな」
死体らしき姿はない。
「……逃げ道があったとも思えんが」
グランド・マザーが小首を傾げた瞬間だった。
「ぐはぁ!」
男の悲鳴とともに、奪いとったライフルを構えるタフ・ボーイが現れた。
「に、二酸化炭素は比重が重いから『上に逃げろ』って聞いていたからね。よぉ……やっと顔を見られたな」
その顔に血色は薄く、明らかにダメージを負っているようだ。
「撃て! 撃て!」
警備員がライフルを発射しようとするが、それでもタフ・ボーイの速力に狙いが定まらない。
「ダメだ! とても追い付けない!」
次の瞬間、二人共がばったりと倒れた。背後から食らった蹴りで気絶したのだろう。
「よぉ、ババァ……」
タフ・ボーイとグランド・マザーの一騎打ち。だが耐え抜いた二酸化炭素攻撃のダメージは大きい。
「どうやって虐めて欲しい? 何が一番腹立たしい?」
息も絶え絶えに煽ってみせるタフ・ボーイに、グランド・マザーが余裕の笑みを浮かべた。
「発散し過ぎだよ」
「何だと……?」
「怒りのエネルギーは意外に長続きしないのさ。さっきシャッターを壊せなかったのもそのせいさね」
「ぐ……」
タフ・ボーイが思わず冷たい床に膝を付く。
「僕は……僕は生まれながらの暴れん坊で、誰からも疎まれた。親からもだ。何しろあらゆる物を壊しまくったからな。暴れない僕に居場所はなかった。皆んな暴れている間だけ僕を見るんだ」
「心をね、入れ替えるんだよ。そうすれば全部が上手くいくんだよ。簡単な話なんだよ。皆と仲良くやれるのさ」
グランド・マザーの優しい言葉。まるで実の孫にでも話掛けるように。その声質に含まれる不可聴域での特異な周波数は、聞くものの感情を不活性化させてしまう。つまり『大人しくさせてしまう』のである。
だが。
「……しかし、ポリカーボネートで囲われた『自由の部屋』に閉じ込められたときに思ったんだ」
タフ・ボーイがフラフラと再び立ち上がる。視線は冷たい床を睨んだままに。
『理屈』は感情の領域外に存在するのだ。
「神様が僕をこういう性格にしたのだって、何かの意味があるはずだと。それがきっと、今なんだ。僕が暴れることで何百万人もの人間が救われるって、コータローが言っていた。だったら!」
向き直った顔は紅潮し、血走った眼から理性の色が消えていく。『スイッチが入った』のだ。
グランド・マザーが慌てて何かを言いかけるも、もう遅かった。
「命懸けで暴れてやるんだよぉぉ!」
天を突く咆哮。
もうこうなると彼を止める方法は存在しない。まるで決壊したダムのようにあらゆる機械や建物が破壊の波に飲み込まれていく。暴走するエネルギーに限界なぞ微塵もなく。
グランド・マザーは、ただ悲鳴を上げて逃げることしかできなかった。
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