牙と顎

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牙と顎

「きたな」  スーパークロコダイルは1人残ったクルーザーのデッキでその気配を感じていた。  夜の海は相変わらず穏やかな表情を見せているが、波の動きに隠せない不気味さが漂っている。 「行くか」  ザブリと水音を立ててスーパークロコダイルが海中へと身を沈める。しばらく船底近くで構えていると、浅瀬の方からゆっくりと何かが泳いできた。  魚にしては大きい。だがアクアラングらしき装備はない。  数は、5体だ。 「よお、貴様らが『イーバ・ブラザーズ』とやらか」  それぞれ体長は2メートルほどか。人間離れした巨大な眼。突き出した口から覗く鋭い牙。ピラニアを思わせるその異様な姿は聞いていた通り。 「ゲゲ! そういう旦那はスーパークロコダイルさんで? 誇り高き元軍人がこんなところでマフィアの用心棒たぁ、落ちぶれたもんで」  せせら嗤ってみせたのはブラザーズのリーダーか。 「貴様らに人のことが言えるのか?」   ジロリとスーパークロコダイルが睨み返す。  自分が隙を見せれば数の優位に物を言わせる作戦に打って出るのは自明の理。如何にして確実に相手の数を減らしていけるかが鍵になる。 「お前たちだってゲリラ戦専用の混合遺伝体(キメラ)だろうが」 「それがどうした? 一族を食わせていくためには何だってするさ。不毛な地に生まれた農民に生きる手段を選ぶ余地なんざ、端からねぇんだよ」  1体のイーバが牙を剥き出しに襲いかかる。スーパークロダイルの腕をとり、そのままがっちりと噛みつくが……。 「くそ! ビクともしねぇ!」  慌てて距離をとる。 「当たり前だ。この馬鹿どもが。そんな弱い歯で何ができる? せいぜいステーキを食うのにナイフが要らない程度だろうが」 「ならば」  リーダーの合図で残りの4体がさっと散る。そして彼らの乗り付けてきたクルーザーの船底へと噛みついてみせる。船を水没させて孤立させるのが目的だろう。しかし。 「無駄だ。そういう対策はとっくにできている」  スーパークロダイルに動揺はない。 「ゲゲ! 船底にも歯が通らねぇ! 歯が痺れやがる」  4体のイーバたちが船から離れる。 「船底全体をジュラルミンでコーティングして200Vの電気を流してある。触れた途端に感電するぞ」 「ふん、だからどうした? ならば船に上がって中から壊せばいい話」  イーバの一人が背中を向けた、その瞬間だった。 「馬鹿か。敵に背中を向けてどうする」  スーパークロダイルの速度は圧倒的だった。まるで水中の抵抗が皆無であるかのようにして海上へ向かおうとしたイーバの土手っ腹に噛みついた。 「グェェ!」  悲鳴をあげた途端にスーパークロダイルがぐるりと身体をロールさせ、噛みついた脇腹を本体からねじり切ってみせた。ワニ類が得意とする必殺技、デスロールだ。 「ゲゲ!」  残りのイーバたちが少し引く。 「これで残り4匹か。さぁ、死にたいヤツからかかってこい」
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