牙と顎

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 このまま圧倒的にスーパークロコダイルの流れかと思った、そのときだった。 「血だ……血の臭いがする! 血だぁぁ!」  残ったイーバたちが一斉に大声で騒ぎ出し、そのまま死体となった仲間のイーバを喰らい始めたのだ。 「肉だぁ! 肉が食える! 肉の味だぁ!」  もはやそこに理性と呼べるものはなかった。ピラニアと同じように、或いはサメのように血の臭いを嗅いだ途端に入る野生のスイッチ。  それが元仲間であったことなぞ全く関係ない。ひたすらに骨になるまで食い尽くすのみ。 「何ということだ! こいつらを奴らは正気の沙汰じゃない」  一旦様子を見るかと岸壁に上半身を出した瞬間だった。  ドゴォォン!  大口径の射撃音とともに、スーパークロコダイルの左肩に猛烈な痛みが走った。 「何?!」  地上に『別部隊』がいるのは間違いない。慌ててスーパークロコダイルが海中に戻る。 「ちぃ! 仕留め損なったか。これだから対物ライフルは重くて苦手なんだ」  その射手には見覚えがある。 「貴様、オーストラリア国立公園のレンジャーだな? コータローを私のところへ案内した男か」  岩陰に身体を隠して防御する。 「まぁな。俺様のからテメーが邪魔だってクレームがきてんだよ!」 「邪魔? 観光客の邪魔をした覚え……」 「うっせぇ! 自然保護だか世界平和か知らねーが『イリエワニをハンティングしたい』っていう旦那方にとって、貴様みてーな正義面した野郎は邪魔以外の何者でも無ぇんだよぉ!」  再び響く低いライフル音。そして、スーパークロコダイルの足元にも異変が。 「な、何だ?! 物凄い力で海中に引き込まれる!」 「へへ! 奴らは殺戮者(デストロイヤー)モードのスイッチが入ると普段の5倍の力を出すんだ! 死にやがれ、爬虫類野郎が!」  スーパークロコダイルの姿が完全に海中へと没する。そのまま海中で激しいバトルが繰り広げられる水音がする。  やがて、バチャバチャとうるさかった海面がふっと静かになった。そして海中から1体のイーバが頭と右手を出し、サムズアップをしてみせた。 「やったか! はは、あの爬虫類野郎を遂に仕留めた……」  射手の男が喜んで勇んで岸壁に走り寄る。だが海面からザブリと大きな水音とともに姿を現したのはワニの巨体だった。全身傷だらけだが、その両目はしっかりと男を捉えている。 「よぉ、待たせたな」  その右手には千切れたイーバの頭と右手の先が。 「ば、馬鹿な! 殺戮者(デストロイヤー)モードのイーバ4体に勝てるはずなぞ……」 「ふん。ちょっとな。正義(ヒーロー)にはがくるもんなんだよ。それより」  射手男の首をがっちり握るとそのまま左手一本で吊り上げる。 「お前、俺のことを『爬虫類野郎』って呼んだよな?」 「うわわ! き、聞き間違いだ! 助けてくれ」 「うらぁ!」  スーパークロコダイルがその強靭な腕力で男を夜の海中に放り投げた。ザブン! と大きな水音がする。岸から7~8メートルは離れたか。 「助かりたければ自力で泳いでくるがいい」  スーパークロコダイルがゆっくりと岸壁を後にする。 「くっそ! フザけた真似しやがって! 陸に戻ったら対物ライフルで……うわぁ!」  何者かが男の足を海中から引っ張ったのだ。 「イーバ? いや、違う。これは!」  海面すれすれから顔を覗かせる、数本の巨大な三角のヒレ。 「さ、サメだぁ!」  慌てて岸に向かって泳ぐもサメを相手に海中ではどうにもならない。 「……5メートル近いイタチザメの群れだ。さっきの流血騒ぎを嗅ぎつけてやってきたんだろうな。イーバたちの処分を助けて貰ったよ。そして」  すでに男は海中に引きずり込まれて泡だけが残っていた。スーパークロコダイルはその姿を見ることもなく去っていく。 「彼奴らは『顎のついたゴミ箱』っていうくらい何でも食うんだ。自然を汚すゴミ野郎はゴミらしくゴミ箱に収まってるのがお似合いだ」
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