死なない男

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「ふむ。面白い。では、こういうのはどうかな」  止命鍼師が懐から取り出したのは、『拳銃』だった。それを何の躊躇もすることなく2連続で発射する。 「おや? 鍼師が拳銃なぞ使うのかね?」  確かに直撃を受けたはずのリビング・ゾンビは服が破れただけで何の変化もない。堂々と立ったまま。血の一滴とて滲む気配がない。 「なるほど。だから『死なない』のか」  止命鍼師は拳銃を懐に仕舞った。 「例え硬い皮膚を貫いたとしても人間離れした筋肉の収縮で弾丸を止めてしまう。さらに筋繊維を細かく動かして損傷した血管を絞り、余計な出血をしないようにしている。気功術の中でも秘中の秘とされる緊急生存の技だ」 「御名答」  にぃ、と笑みを湛えたままリビング・ゾンビがじわりと前にでていく。 「気功術は私の特異体質に実にジャストフィットしている。長い修業を経てなお辿り着けない境地に私はこの年齢で到達してみせた。……喰らえ!」    5メートルほどの遠間。そこから僅かな反動をつけただけで空中へ飛び出すと、リビング・デッドの猛烈な蹴りが止命鍼師の頭を襲った。  が、しかし。 「ふふん」  ほんの僅か身体をずらして直撃を避ける。さらに外れた蹴りの影響で無防備になったリビング・デッドの背中へ一瞬にして鍼を打ち込んだ。その数、4本。 「ほう、いい動きだ」  リビング・デッドが体勢を立て直す。 「敵の攻撃がくると、どうしても大きく避けようとするもの。それをあえて僅かだけ動いてこっちの急所が無防備になるのを狙ったか。確かに『身体硬化の法』は全身には集中できんからな。しかし!」 「うむ。普通ならその4本の鍼で呼吸と心臓が瞬時にして止まるほどの激痛を与えることができるのだがな。それでなお動けるのか。まさに『ゾンビ』よ」  鍼の深度は十分に経絡へ達しているはずだが。 「俺は昔、母国から離れた地でゲリラどもと戦っていた。そのときに不衛生と感染が祟って酷い熱病に侵されたのよ。だがそこから生還したことで神がギフトをくれた。……如何なる攻撃にも痛みを感じることがない身体をだ!」 「身体が痛覚の信号を受け付けないの一種だな。極めて珍しい症例だ」 「決して死なず、痛みすら感じないこの俺様は!」  型も技も何もない、ただフィジカルに任せた全力の攻撃が始まる。 「世界最凶の人間なのだよぉ!」  荒れ狂う波のように繰り出される拳と蹴り足。だが、止命鍼師はそれをギリギリのところで躱していく。最小限にして最大限の防御体勢。 「歳の割にすばしっこいジジイだな! だがそれもいつまで持つかな?」  リビング・ゾンビが拳を固め直すが。 「もう終わりなのはそっちじゃよ」  そういって、止命鍼師がリビング・ゾンビの身体を指差す。その全身には大小様々な鍼が数え切れないほど打ち込まれていた。 「はは! 下手な鉄砲も数撃てば当たるってか? それがどう……」  突然、リビング・ゾンビの動きが止まった。 「ば、馬鹿な! この俺様に鍼なぞ!」 「普通、鍼は『受容体』に打ち込んで脳に信号を送り込むもの。しかしその鍼は逆じゃ。運動神経に打ち込んでようにした。もはや貴様は身動きひとつとしてできん」 「そ、そんなことが!」 「激痛がして打てないツボなんじゃがな。哀れなことよ。ま……『失望』はしなかったかな」  くるりと踵を返した止命鍼師がその場を後にする。 「無痛症は国が指定するほどの難病、気の毒なことだが治し方は知らんのだ。何しろ、儂は救う医師ではなく『殺す医師』なのでね」  ドスン! と大きな音がする。動けなくなったリビング・ゾンビがその場に倒れ込んだ音だった。
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