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「どーしよ、どーしよぉ……」  数日後、アクアは指定された時間にブラッドのもつ商店の屋根裏に隠れていた。ブラッドの経営する商店は多くの支店を持っていて、今日の彼は本店にいるという情報を得ている。  ヒートは始まりかけている。発情期じゃなくても多少のフェロモンを出すことはできるけれど、発情期中の方がより濃厚なフェロモンを使えるのだ。  ブラッドはアルファ用の抑制剤を服用しているから、並のフェロモンでは太刀打ちできないはずだった。  アクアは仕事としての殺しに罪悪感などない。そんな感情を抱かないように教育されているからだが、今日ばかりはそれも役に立たなかった。 (旦那さまを……殺れる?おれが?)  細かいところはアクアに委ねられているものの、作戦は今日ブラッドを訪問する取引相手としてアクアが向かい、誘惑して二人きりになったときに実行するものだ。  しかし多少変装したところで、一緒に住んでいるのだからすぐにブラッドには分かってしまうだろう。  深窓の夫として家に隠されていることになっているアクアが突然仕事中のブラッドを訪れたら、彼は驚くはずだ。  ただ彼なら迎え入れてくれると思うし、フェロモンで油断を誘って殺すことは、おそらく不可能ではない。殺しや暴力とは無関係の、平和な旦那さまだから。  とはいえアクアが失敗すれば理由を調べられ、ブラッドと結婚していることが明るみに出てしまう可能性が高い。暗殺の実行には必ず見届け人がいるから、今もどこかでその時を待っているはずだ。 (おれ、なんでこの仕事してるんだろう……)  この日アクアは初めてそう思った。旦那さまは自分にとって唯一の大切な人だ。  殺りたくないけど、やらなければアクアが追い込まれる。裏切り者の行き着く先は……死だ。 「ブラッド様、お客はまだお見えでないのですか?」 「あぁ。まだみたいだな」 「大旦那様を待たせるなんて……」 「ははっ、いいんだ。アクアに似合う宝石が見つかりそうなんだから、待つ価値はある」 「相変わらず奥様が大好きなんですね」
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