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秘書のような人と話しているブラッドの口から自分の名前が出てきて、アクアは動揺した。宝石……そうだ。
ブラッドはアクアの瞳の色をいたく気に入っていて、「いつかそのままの色の宝石をプレゼントしてあげよう」と結婚するときに言っていた。
『別にいいって』
『似合うと思うぞ?それに、私も欲しい』
『ふーん……』
アクアは宝石なんて手にしたことはないし、金のある人の考えはわからない。ただ、ブラッドは欲しいと思ったものは必ず手に入れる信条らしい。
絶妙な色や透明感へのこだわりが強すぎてなかなか見つからないと、かつて朝食のときも言っていたじゃないか。
アクアは聞き流していて、ブラッドもその話はここ一年ほどしていない。まさか、今も探しているとは思わなかった。
「……」
アクアは重すぎる天秤を頭から追いやった。ブラッドが待っているのは嘘の約束をしているアクアだ。
屋根裏をそろそろと移動する。体重が軽いからこそ、音を立てずにどこでも歩ける。
「……えいっ」
「ッ!」
「あ、やば」
見えない位置に隠れていた見届け人の背後に忍び寄り、暗殺用の長い針を首の後ろから延髄に突き刺す。
相手は即死したが、やはりアクアの動揺は続いていたようだ。なにが起きたかも分からずに死んだ男が、商店の敷地内に落ちてゆく。
――ドサッ。
身元を証明するものは持っていないはずだけど、当然騒ぎになるだろう。しかしアクアは男の回収を諦め、すぐにその場を去った。
そもそも、死体の片付けや証拠隠滅の後始末はこの見届け人の役割だったのだ。でもアクアは当の本人を殺してしまった。
それは……自分が逃げる時間を稼ぐためだ。
アクアはブラッドとの家に戻らず、街を出た。もともとスラム街で生きていたから、持ち物などなくても身ひとつで生きてゆける。
暗殺ギルドがどれだけ必死にアクアを探そうとするのか分からない。裏切り者に対して暗殺者を差し向けられる可能性を考えると、一箇所に定住することもできなかった。
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