1 風紀委員は一人だけです

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1 風紀委員は一人だけです

 ここは魔界。  弱肉強食の風習が色濃く残るこの世界に一石を投じようと、一人の魔族が立ち上がった。  その名はニコ。  現代魔王の孫である。 ◇◇ 「くぉらあああああああ!!」  学校の校舎裏、ニコの凛とした声がこだました。  その声を聞きつけた生徒たちは一様に「うわっ」と声を上げて、『獲物』を放って蜘蛛の子を散らすように去っていく。待ちなさい! とニコは走って彼らに近付いた。 「あなたたち!! 校内での『洗礼』は禁止だとあれほど……!」  ニコが今月この学校に入学してから、叫ばない日はないセリフ。彼は逃げた輩を追おうとして止める。目的は『洗礼』を止めさせることであって、逃げた彼らを追って()らしめることではないと思い直したからだ。  ニコは立ち止まると、穏やかな風が吹く。サラサラの漆黒の髪が揺れ、黒い大きな瞳が優しげに地面に座り込んでいる生徒を見下ろした。高貴な魔族の証である黒髪黒目を見た生徒は、「ひっ」と怯えた目をニコに向ける。 「大丈夫ですよ。僕は『洗礼』を止めに来ただけです」  ニコリと笑うと幼さがまだ残るニコは、背格好も人間でいうところの高校生くらいだ。黒い詰襟の服に黒いズボンを穿いており、左腕には赤い腕章を付けている。そこには魔族語で『風紀委員』と書いてあった。  もちろん、魔界でこんな格好をする魔族はいない。異質な格好をした高貴な魔族が、魔界の風習である洗礼を止めに来たというのは、未だ立ち上がれない生徒には理解し難いものだったようだ。  だからなのか、その生徒は叫び声を上げて逃げてしまう。それはもう、怪我もものともしないくらい一目散に。  ニコは生徒が走り去った方を眺めて、視線を落とした。 「……今回も、理解してもらえませんでしたか……」  ニコはそう呟くと、ため息をつく。  この魔界には、弱肉強食の風習が強く残る悪しき(とニコは思っている)習慣に『洗礼』というものがある。  弱いものは淘汰されて当然という魔界で、生き延びるにはずる賢さと魔力と物理的な力だ。そして、その力を見せつけるために、弱い者は強い者の犠牲になる。  要は、人間界で言う『いじめ』だ。  暴力はもちろん、暴言、窃盗、恐喝も含めた行為を一つの単語で表すなんて、人間もろくなものじゃないな、とニコは思う。  最悪死に至らしめるそれは、魔界ではそこかしこで行われていた。しかし問題は、学校でことを起こし、たびたび授業に支障が出ることだ。  ニコは歩き出す。 「学生の本分は勉学。勉強をしに来ているのに、『洗礼』に邪魔されては意味がないです」  それでニコは考えたのだ。お祖母様が持っていた御本に、人間界には風紀委員会という学校のモラルを守る、生徒で構成された機関があると。それを自分がやってみてはどうかと。  魔王である祖父に許可を得て、早速見た目から入った。だが、こんなにも奇異の目で見られるとは思いもしなかったのだ。  これでは『洗礼』を止めに来ても、自分が怪しまれてしまう。  まがりなりにも自分は王族だ。王位継承権二位ということも周りは知っている。変な服を着て『洗礼』を止めさせるなんて前例がないし、王族なのに気でも狂ったか、と言われかねない。 「いいや、僕はやってみせます父上。いつか父上のように立派な魔族になってみせますから……!」  グッと拳を握って晴れた空に向かって誓う。暖かい風がまた、ニコの漆黒の髪をサラサラと揺らした。
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