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3 王族を味方につけるのも、賢く生きる術です
それから、ニコはことあるごとにあの青髪黒角の魔族を見る羽目になった。それは向こうも同じ認識らしく、顔を見るなり嫌な顔をされる。
「邪魔すんなっつったろ!」
「ダメです! 見逃しませんよ!」
この、青髪で二本の角が生えた男はバーヤーンと言うらしく、『洗礼』で校内一を目指しているらしい。これは助けた他の魔族から聞いた話だ。
それに彼は『洗礼』だけでなく、校内で男女問わずみだらな行為もしているらしい。学生にあるまじき態度。これは見逃す訳にはいかない。
ニコは今日も、それなりに強そうな魔族を相手にしているバーヤーンを見つけ、仲裁に入る。
どうやら先日のバーヤーンの『洗礼』を止めたおかげで、ニコの知名度が上がったらしい。黒髪黒目には勝てない、と大抵の魔族は逃げ出すのだが、バーヤーンだけは違っていた。
どうやらニコが強い魔力を持つと認識したらしい。ニコが来ると嬉しそうに攻撃を仕掛けてくるのだ。
童顔で細い身体をしているニコは、一見頼りなさそうに見えるけれど、実は戦闘能力が高い。バーヤーンの蹴りを躱し、軽やかにバックステップを踏む姿に、周りの野次馬魔族は感動している。
「またお前か。いい加減にしろよ」
「いい加減にするのはそちらです。『洗礼』は禁止だと言っているでしょう」
そこで「やっちまえ!」と煽る声が聞こえた。『洗礼』を止める者が、自ら『洗礼』をする訳がない、とニコはそちらを睨むが、誰が発したのかまでは特定できなかった。
「じゃあ、コイツは俺の好きにする」
そう言って、バーヤーンは片手で掴んでいた小柄な魔族を天に放り投げた。彼か彼女か分からないほどその顔は酷く腫れていたが、見開かれた赤の瞳が見ていたのは絶望だ。
それを見た瞬間、ニコの全身が熱くなる。力の顕示欲のために、なんの罪もない魔族が犠牲になるなんて、耐えられない。
ニコは素早く跳躍し、投げ上げられた魔族を抱きしめた。しかし下からバーヤーンが跳んで来たのを察し、攻撃を覚悟して全身に力を込める。
「グ……ッ!!」
背中に息もままならないほどの衝撃がきた。そのまま飛ばされ、壁にぶつかると察したニコは、抱えた魔族を庇って受け身をとる体勢になる。
再び背中に強い衝撃があり、ニコは顔を顰めて呻いた。視界が回りクラクラする。起き上がるどころか動けない。ニコは腕の中の魔族が無事なのを確認して、意識を手放した。
◇◇
「……さま、ニコ様!」
ニコが目を覚ますと、目の前に赤い瞳が二つ、こちらを心配そうに見ていた。そういえば、庇った魔族だったと身動ぎすると、赤い瞳の魔族は手助けをしてくれる。
「ニコ様、すみません……私が弱いばかりに……」
どうやらこの魔族は女の子だったようだ。さすが魔力が高いだけあって、性別も分からないほど腫れていた顔は殆ど引いている。彼女はその可愛らしい顔を悲しげに歪めていた。
彼女は絹糸のようなうつくしい白髪をしていた。後ろでひとつに三つ編みをして、背中の中程にある先には赤いリボンが結ばれている。
なるほど、性別が分からなかったのは、顔だけでなく身体も中性的だったからか、とニコは考え、まずいな、と思う。
ダメージを負った分を取り返そうと、身体が魔力を欲しているのだ。
そしてニコは魔族のなかでもまた、希少な特徴を持っていた。
「……ニコ様?」
耳をくすぐる声に肩がビクついた。身体の中から湧き上がる衝動を抑えようと、ぐっと全身に力を込めると、魔族の少女はそっとニコの肩に手を置く。
ハッとニコは少女を見た。白い滑らかな肌と桜色の唇が目に入り、慌てて視線を逸らす。
だめだ、この子をすぐに自分から離さないと。
「すぐに……僕から離れてください」
はあ、と息を吐くと、それはいつの間にか熱く弾んでいた。この衝動が抑えきれているうちに、屋敷に帰って一人になりたい。
「ニコ様……」
それでも少女は去らない。
「ニコ様、私はタブラと申します」
甘く、意識を溶かされるような声は、魔族が人間を誑かす時の声だ。ニコは首を振る。
「このタブラ、ニコ様に助けて頂いた恩をお返ししたいです」
「止めてください。僕は……っ」
目眩がした。熱い。熱くて脳が溶けそうだ。ニコは上がる息の中、タブラの両肩を掴んで離した。ニコが全快ならば、こんな魔族の少女の言うことなど、軽く流すことができる。それができないのは、ニコがダメージを負っているからだ。
するとタブラはこともあろうに、シャツのボタンを外した。見えた滑らかな胸元にニコの心臓が跳ね上がり、目が離せなくなる。
「ニコ様はインキュバス……精気なら私から奪ってください」
私がニコ様の片腕になりましょう、とタブラは囁いた。悪魔の囁きだ。
さすが魔力が高いだけある。弱っているとはいえニコをここまで誘惑する力は相当なものだ。
ニコは歯を食いしばった。けれどそのまま吸い寄せられるように、ニコの顔がタブラの首筋へと埋められていく。
ニコはその陶磁器のように白く細い首筋に唇を寄せ、そしてそこに舌を這わせようと、口を開けた。
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