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4 ムラムラしたら、こうします
「……っ、ダメです!」
ニコはタブラの両肩をグイッと押す。そして顔を逸らして呟いた。
「容易く自分の魂を売るものじゃありませんよ……」
「……っ、違います! 私は……!」
タブラは弾かれたように叫ぶけれど、ニコは首を振る。気持ちは嬉しいけれど、こんな流れでタブラを食べてしまっては、自分が後悔するに決まっている。
自分の父がそうだったように。
魔族の癖に無駄な殺生を好まないのは、ともすれば他の魔族から嘲笑される対象だ。『洗礼』を止める理由も、ここでタブラを喰わないのも、同じ理由だ。ニコはその理由を周りに言うつもりはない。
「ニコ様……」
「分かったなら今すぐここを去りなさい。王族に逆らうと、どうなるか分かるでしょう?」
それに、弱ったニコを狙ってまたバーヤーンや他の魔族が来るかもしれない。今の状態でタブラを守りながらの戦闘は無理だ。
タブラはぐっと唇を噛むと、外した服のボタンを素早く留めた。ニコはタブラから少し離れると、スっと立ち上がった彼女を見上げる。
「一定期間、ニコ様を見つかりにくくする魔法を掛けておきます」
「……ありがとう」
疲れた顔で笑うと、タブラはすぐに走り去って行った。捕食対象がいなくなったからか、少し軽くなった身体を動かし、ニコはフラフラと立ち上がる。
さすが校内一を目指すだけあって、ここまでダメージを負わせるバーヤーンの力はかなり高い。しかし、あんな華奢なタブラにまで手を出すのは、ニコの信条に反していて許すことはできない。
こんなことが横行しているというのに、祖父の魔王は我関せずだ。それも、自分の魔王としての素質を見定められているようで、腹が立つ。
「屋敷に帰って、精気を補わなければ……」
普通の魔族とインキュバスの違いは、魔力の枯渇のほかに、精気の枯渇とも付き合わなければならないことだ。ニコの父も、生涯の伴侶を見つけて飢えることはないけれど、ニコにはその相手がいない。
魔力を使って誘惑し、精気を奪うこともできる。でもできれば、自分以外に触れられたくない、触れたくない、というのが本音だ。
だからニコはずっと、ほかの魔族と交わらない方法で精気を補ってきた。
ニコは屋敷に帰ると、使用人にありったけの食事を用意するように命じる。そう、肉を喰らい、運動し、よく眠れば回復すると分かったニコは、初めて精気切れを起こした時からこれを実践している。
腹がはち切れるほど食べると、身支度もそこそこにベッドに潜り込んだ。当然使用人たちには外してもらう。初めての精気切れの時、意図せず使用人を誘惑してしまい、その使用人は興奮のあまり死んでしまったからだ。あんなことは二度と起こさせない。
実は、触れずに相手を興奮させて殺す能力は、ニコの父も持っていた。優しい父は「厄介なところが似ちゃったね」と眉を下げていたけれど。
「おやすみなさい」
ニコは目を閉じると、すぐに眠りに落ちた。
◇◇
気が付くと、何もない草原の中にニコはいた。
見渡す限り、膝下くらいの草が生えている。地平線まで、ずっと。
「……っ、何で裸?」
ふと自分の身体を見てぎょっとする。一糸まとわぬ、生まれたままの姿で立っていて、どうしてこんなことに、と改めて周りを見渡した。
本当に草原以外何もない世界だ。しばらく歩いてみるけれど、同じ景色ばかりだし空も雲すらない青空で、何の変化もない。
「……」
ニコは立ち止まり、その場で大の字になって寝転んだ。草は柔らかくニコの身体を包み、裸なのもあってとても開放的だな、と目を閉じる。
そして次に目を開けた時には、辺りの景色は一変していた。
いや、正確には自室に戻っていたのだ。朝の清々しい光が部屋に差し込んでいる。
何だったのだろう、とニコはベッドの上で天井を眺めながら思った。そして起き上がろうとして、身体がまだ重いことに気がつく。
どうしてだろう? いつもなら食べて寝て覚めたらスッキリしているのに。
回復しきっていないのかと思ったけれど、学校は行かなければ。昨日は無断で帰ってしまったし、勉強の遅れを取り戻したい。
だるい身体を起こし、身支度をして朝食を済ませる。めいっぱい食事を胃に詰め込んだら、多少は回復したように思えた。
食後のお茶を飲み、ひと息ついたら屋敷を出る。家族は王族としての仕事があり忙しく、両親もすでに仕事に出掛けている。ニコは車を出すという執事の申し出を断り、家を出るなり走り出した。
いつもこれで回復していたし大丈夫。走りながら景色を眺め、穏やかな田畑や草木が生えた風景を積極的に見る。
インキュバスのムラムラは、他の魔族より強烈だが、対処法は同じだ。ただ、他の魔族を惹き寄せる効果があるだけで。
自慰はしたくない。なぜなら何だか自分に負けたような気がするから。それを父に言ったら「無理しなくていいんだよ」と苦笑された。
(そういえば、あの夢は何だったんだろう? 今度お父様に会えたら聞いてみよう)
もしかしたら、何かの示唆かもしれない。ニコはそう思って、学校までの道のりをひたすら走った。
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