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『なんだよ、お前ら歓迎してくれるとか言ったのは嘘だったのかよお。俺は、勇者様だぜ?誰のおかげでこの世界が魔王から救われたと思ってるんだよ、ええ?』
やや不機嫌そうにそう言われてしまえば、ぐうの音も出ない。勇者たちに感謝するべき、というのは皆が思っていること。同時に勇者には全員、なんらかのチートスキルがある。逆らうのは得策ではないのだ。
『わ、わかりました。えっとお名前は……』
『アガネだ。なんだ知らねえのかよ。……ああ、そういえばメディアには全然出てなかったっけ。いっつもあいつらばっかだったもんなあ。覚えてとけよ。俺は、勇者アガネだ』
『アガネ様、少しだけ宿でお待ちください。すぐに歓迎の宴を開きますので』
この村では、国から重要なお客様が来た時などに使う特別な建物がある。元々は公民館の会議室だったスペースを、大きなパーティ会場へと改装したのだ。
都心部から来たのだれば少々地味で殺風景だろうが、それでもこの村は食材も豊富だし、豪勢な食事を用意するくらいは難しくない。美味しいお酒だってある。お酒を飲んで御馳走を食べれば、きっとあの気難しそうな勇者も納得してくれるだろうと思われた。
問題は。その“お酌”や“配膳”を、全部選りすぐりの若い美女で揃えろと注文をつけられたことであったが。
『お姉ちゃん、行かなきゃいけないんですか?あの人、なんか感じ悪いんですけど』
マナの言葉に、仕方ないわよ、とオレアは肩を竦めた。
『勇者様直々の御指名だもの。ちょっと給仕のアルバイトをするだけと思えばいいのよ。大丈夫。怖そうに見えても、勇者様なんだから。セクハラとか怖いことなんかきっとしてこないわ』
『そうかなあ』
『そのはずよ。だって、世界を救うために、命をかけてくれた人なんだもの』
印象は悪くとも、今まで持っていたイメージが覆るほどではない。姉は、勇者アガネが善人であることを信じて疑っていないようだった。
嫌な予感がする。できれば行かないで欲しい。その言葉を、マナはギリギリで飲みこんだのである。
――お姉ちゃん……。
そして、不穏な予感は的中したのだ。
たった一晩、お酌と配膳をするだけ。そう言われて呼ばれていったはずの姉は、一晩どころか、三日過ぎても会場から戻ってこなかったのだから。
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