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シーン35 テイク1
「私たち、もうこれ以上一緒にいてもお互いのためにならないと思うの」
私は、病院の廊下で恋人の方を見据えて、はっきり告げる。
「別れましょう」
私はゆっくりと踵を返して、恋人から離れていく。そして、だんだん早足に……
「カット! カァット!! 駄目だ。全然なっていない。もう一回」
監督の𠮟咤がとんだ。
カチンコの音が、カチンカチンと二度打たれた。撮影中断の合図。
ここは撮影現場。
私の背後には病院の廊下のセット、目の前には主人公の目線にセットされたカメラとカメラマン、その後ろにはレフ板を持った照明スタッフ、ブームマイクを掲げた音声スタッフ、斜めから構えるサブカメラマン、立ったままモニター画面を見ている助監督、そしてデレクターチェアに座っている監督。
遠巻きにはメイクスタッフ、プリンプター、マネージャーたちが邪魔にならないように立っていた。
病院の廊下で、主人公の恋人役の私が別れを告げるシーン。相手役はカメラのみ、私のオンリー撮影。
「カメラ回りました」 カメラマン。
「音声OKです」 音響スタッフ。
「シーン35、カット1、テイク2」
助監督がカメラ前にカチンコを映す。
「用意。アクション」 監督の声。
カチン。
カチンコの音が一度響く。
私は、一拍おいて演技に入る。
「私たち、もうこれ以上一緒にいてもお互いのためにならないと思うの」
私は、目を伏せてつぶやくように告げる。そして彼の顔を見て弱弱しく。
「別れましょう」
私は足早に彼の元を去る。
「カット! 全然駄目だ」
慌てて助監督がカチンコを二度打ちした。
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