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4.庄屋の息子(6)
藤吉は何も気付かぬまま、半ば頼み込むように言葉を続けました。
「田之介、おらぁ……ちゃんと伽耶に言う。おらの嫁になってくれって、今夜言う。だから頼む、皆のこと、とりなしてくれ。もう伽耶に妙な噂、立てさせねぇでくれ……」
――あの女は、藤吉にこの背中のこと……告げてねぇんだ。
夏の盛りだというのに、田之介の体にはぞくぞくと怖気が走ります。
間違いねぇ、あの女は――妖だ。
この村と、藤吉を……取り込もうとしてやがる。
藤吉の背中とひび割れた田は、禍々しいほど似ているではありませんか。
藤吉の背後で田之介はきりきりと眉を上げ、切れそうなほど強く唇を噛み締めました。
田之介は思います。
あの女を、この村から追い出さなきゃなんねえ、と。
「……藤吉、うちに寄れ。丁度いい薬があっから。だいぶひでぇぞ、背中」
つとめて優しい声を出しながら、田之介は忙しく頭の中で策を練ったのでございます。
一方の藤吉は田之介の柔らかな調子に安心した様子で、しみじみと同じ言葉をくり返しました。
「そうだ、おらは言うんだ、嫁になってくれねぇかって……。思い切って、伽耶に言うんだ……」
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