3.日照り(1)

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3.日照り(1)

 月日は流れ、藤吉は二十歳(はたち)兄様(あんつぁ)になりました。  小さかった背もすっかり伸びて、細かったその体は若者らしい張りに満ちております。  けれども藤吉の厳しい暮らしに変わりはありません。  (わらす)の頃は村の皆に気遣われていた藤吉も、兄様(あんつぁ)になってしまえばもはや、貧しい百姓のひとりに過ぎぬのでした。  季節は夏の盛り。もう日暮れが(ちこ)うございます。    (かみ)の田から、徐々に人が去る気配がいたしました。  (おきて)のとおり池守(いけもり)が、ため池の仕切り(ユル)を閉じたのでしょう。  藤吉は変わり果てた田の姿を寂しく見下ろします。  ここは棚田(たなだ)の下の下。ため池の水は今日も、藤吉の田まで届きませんでした。  乾ききった田んぼは無惨(むざん)にひび割れ、あいだに伸びる稲はまるで、野原に生える雑草のよう。  田に住む泥鰌(どじょう)刺々(とげとげ)しい土の上で、貼り付くように死んでおりました。  日暮れを前にしてもまだ強い日差しが、首の後ろに照り付けます。  藤吉は流れ落ちる(ひたい)の汗を、継ぎはぎだらけの(あい)染めの袖でぬぐいました。
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