8人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
4.庄屋の息子(1)
「おおい、藤吉ぃ!」
上の田のほうから畦道を降りてくるのは、藤吉の幼馴染。
名を田之介と申します。
幼馴染とは言えども、田之介は庄屋の息子。
そこにはやはり、仄かな視線の高さがございます。
けれども田之介はそのことに、微塵も気づいておりません。
「……うわ、ひでぇな、こりゃ。下の田まで水が回ってねぇのに、池守の奴、ユルを閉めやがったのか」
大袈裟に顔を顰める田之介。
藤吉は極楽からこの世に引き戻されたような顔をして、田之介に言葉を返します。
「……仕方がねぇよ、田之介。おらの田は一番下だもの。日暮れまでユル開けたって、上の田もみんな乾いてる。こんな干ばつじゃあ……おらんとこまで、水は回らねぇ」
「俺が父ちゃんに言って、池守にため池のユル、もういっぺん開けさせて来る」
勢い込んだ田之介に、藤吉はふうっ、とため息をつきました。
「いや……気持ちは嬉しいが、村には掟ってもんがあんだからよ、田之介」
そして訥々と田之介を諭します。
「いつまで日照りが続くか分からねぇ。ため池の水が枯れたら大変だ。村の年貢のことを思やぁ、上の田だけでも生かしておかなきゃならねぇんだから……庄屋様を困らせちゃいけねぇよ、田之介……」
最初のコメントを投稿しよう!