4.庄屋の息子(1)

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4.庄屋の息子(1)

「おおい、藤吉ぃ!」    上の田のほうから畦道(あぜみち)を降りてくるのは、藤吉の幼馴染。  名を田之介(たのすけ)と申します。  幼馴染とは言えども、田之介は庄屋の息子。  そこにはやはり、(ほの)かな視線の高さがございます。  けれども田之介はそのことに、微塵(みじん)も気づいておりません。 「……うわ、ひでぇな、こりゃ。下の田まで水が回ってねぇのに、池守(いけもり)の奴、ユルを閉めやがったのか」  大袈裟(おおげさ)に顔を(しか)める田之介。  藤吉は極楽からこの世に引き戻されたような顔をして、田之介に言葉を返します。 「……仕方がねぇよ、田之介。おらの田は一番下だもの。日暮れまでユル開けたって、上の田もみんな乾いてる。こんな(かん)ばつじゃあ……おらんとこまで、水は回らねぇ」 「俺が父ちゃんに言って、池守(いけもり)にため池のユル、もういっぺん開けさせて来る」  勢い込んだ田之介に、藤吉はふうっ、とため息をつきました。 「いや……気持ちは嬉しいが、村には(おきて)ってもんがあんだからよ、田之介」  そして訥々(とつとつ)と田之介を(さと)します。 「いつまで日照りが続くか分からねぇ。ため池の水が枯れたら大変だ。村の年貢のことを思やぁ、上の田だけでも生かしておかなきゃならねぇんだから……庄屋様を困らせちゃいけねぇよ、田之介……」
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