幕末の章

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 事の発端は、 恭平の父・久蔵が経営する道場で見た、張り紙だった。昨日、御府内の各道場に配られたらしい。 「新選組の入隊試験!? 恭ちゃん、これ本当か? だって新選組って京にいるんだろ」  鉄次郎は黒々とした吊り目を見開き、前のめりになって恭平に尋ねた。恭平は、雑巾で道場の壁を拭いている。人好きのするやや丸みを帯びた顔を鉄次郎に向け、「そうなんだけどね」とのんびりした調子で答えた。 「なんでも、副長の土方さんって人が江戸まで来て隊士を募集するんだって。ほら、新選組ってもともとは多摩とかあの辺の人たちらしいじゃない? だから、仲間集めは江戸で、と思ってるみたい」 「へえ、そうかあ、すげえ、すげえ」 「まさか鉄っちゃん、受けようとしてるの? やめときなよお。京は物騒だっていうし、俺たちみたいな若造相手にされないって。まあ、うちの流派が実戦で使えるんだってことになったらそれは素直に嬉しいけどね」  うちの流派とは、この山浦道場でだけ教えられている「北辰無念流」のことである。北辰一刀流と神道無念流の道場を渡り歩いた久蔵が、両方の「いい所どり」をするのだと勝手に創始した独自の流派だ。野暮な名前だと揶揄されることもあったが、中身は本物だからと久蔵も恭平も常々新入りの門人に言い聞かせていた。鉄次郎は恭平と幼馴染だったこともあり、最初は遊びの延長のような形で入門したが、今ではめきめきと腕をあげていた。
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