維新の章

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***  幕府が朝廷に政権を返上しても、表面上は今まで通りに年が明け、冬の寒さも終わりを迎えようとしていた。    江戸にいるとあまり実感はないが、薩摩・長州を中心とした「新政府」と幕府の間で戦が始まったらしい。  この二百六十年間、局地的な一揆や反乱があったり、「長州征伐」ということでひとつの藩と幕府が戦うことはあったが、幕府と複数の藩が全面的に戦うというのは前例がなく非常に大きな意味をもつ出来事だった。   久蔵が常々言っていたように、もとはといえば武士とは国のために戦う兵である。だからこそ、江戸の武家地には剣術道場が軒を連ね、皆剣術の稽古に励んできた。とは言え、それが形骸化していたのも事実だ。(戦いの技術だけではなく精神も鍛えるというという側面もあるが、)剣術は兵として戦うための技術を磨くというよりも、あの流派が強いとか、この道場が強いとか、武士同士の力比べの物差しという性格を強めていた。  それが、とうとう本当の戦が始まり、武士は真剣や鉄砲を手に、戦わなければならなくなった。これから戦火はどこへ飛び火するのか。人々の間に緊張が走る中、ある日鉄次郎は 「父上。巷では新政府軍が江戸に攻めてくるともっぱらの噂でございます」  という兄・清太郎の発言を盗み聞いた。わざとではない。たまたま通り過ぎようとした部屋の中から、聞こえてきたのだ。こういう時に「何の話ですか?」と割って入ろうものなら、「お前には関係ない」と言われるのが関の山。鉄次郎は気配を消した。
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