幕末の章

3/18
前へ
/45ページ
次へ
「通用するだろ。久蔵先生の剣術は最強なんだ」 「はは、そう言われるとなんだか照れ臭いな。でも、試験は三日後なんだって。さすがに急すぎるよ。また機会があったらってとこかなあ。はい、これ手伝って」 「うーん、まあ、そっか、そうだよなあ」  歯切れの悪い返事をしつつも、鉄次郎は差し出された桶と雑巾を受け取った。早く来たならと掃除を手伝わされるのは若干損した気になるが、鉄次郎はいつも他の門人たちよりも早めに道場へ来ていた。以前、家が近いからと油断して稽古に遅刻し、久蔵にこっぴどく叱られたからである。 「兄上、新しいお水持ってきましたよ」  道場の入り口に立ったのは、恭平の妹・(ぬい)だった。肌の白い美しい娘で、縫を見たさで稽古に励む門人も多い。そのことを本人が知っているかどうかはわからないが。 「あら鉄次郎さん、おはようございます。今日も精が出ますね」 「えっ、ああ、うん。まあこのくらい当然だろ。久蔵先生には世話になってるんだし」  鉄次郎は照れ臭そうに頬を掻いた。縫の笑顔を見れば、損した気持ちも得に変わる。雑巾をこれでもかと固く絞り、鉄次郎は床掃除を始めた。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加