幕末の章

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 やがていつも通りに稽古が始まったが、鉄次郎の脳裏にはあの貼り紙が引っかかっていた。  新選組。京で不逞の浪士を取り締まり、将軍上洛の折にはその身辺警護をしているという。局長の近藤勇、副長の土方歳三というのは、鉄次郎たちが住む本所の町にも名が聞こえていた。他にも、強い剣客がゴロゴロしているそうだ。しかも、隊士の身分は一切問わないらしい。 (もし新選組の隊士になって京に行ったら、この剣を実戦で使うことになるのか……!)  素振りをしながら、京で敵と対峙する自分を妄想した。真剣を使ったことはないが、この山浦道場で一、二を争う強さだと自負している。今、時代が動いている中心地は京だ。そこで、今までの成果を発揮できるなら――。 「鉄次郎! 腑抜けるな!」  久蔵の怒号が響いた。鉄次郎はハッと我に返り、「ハイッ!」と威勢の良い返事をして目の前の竹刀を振ることに意識を戻した。  素振りの稽古が終わると、久蔵はコホンと咳払いをし、門人たちの前で仰々しく話し始めた。「またいつものアレか」という呆れたような皆の顔を久蔵は無視した。   「いいか。我が流派では表面的な剣術の腕だけでなく、いざという時に上様をお守りする兵となって戦える胆力を鍛えることを目的としている。武士とは忠義。上様のためにその身を賭して戦うことこそ、真の侍だ。よって、稽古に集中せぬは言語道断」  と、久蔵はギロリと鉄次郎を睨んだ。鉄次郎は「もちろんです」と言わんばかりに大仰に頷いてみせた。 「今日の稽古は基本に立ち返り型稽古と致す。わかったら各々位置につくように」 「はいッ!」  一同の声が、道場の中に元気よくこだました。
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