幕末の章

8/18
前へ
/45ページ
次へ
 家に着くと下女のトクが庭掃除をしていた。トクはこれまで暇を出された下男や下女とは違い、長年住み込んでいる古株だ。  御役目があるとはいえ高野家の暮らしは楽ではなかったが、下女のひとりくらいは雇えるというのが矜持の拠り所でもあった。 「あら、鉄次郎坊ちゃんおかえりなさいませ」 「トク。もう俺は『坊ちゃん』じゃないんだってば。そりゃ元服は人より遅めだったけど、もう十七なんだよ」 「まあ、失礼しました」  トクはクスクスと笑いを交えており、反省している様子はない。鉄次郎を子供の頃から知っている故か、遠慮というものがないのだ。 まったく、とトクに悪態をつき、鉄次郎は「そういえば」と声をかけた。 「父上はいるか?」 「ええ。奥の間にいらっしゃいますよ」 「そうか。ありがとう」  父の所在を答えただけでわざわざ礼を言われたことに驚いたのか、トクはきょとんとした顔をしていた。鉄次郎は構わず父の元へ急いだ。 
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加