幕末の章

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   奥の間には、父・市之進(いちのしん)だけでなく母・芳乃(よしの)もいた。ちょうどお茶を淹れていたようだ。   「ああ、鉄次郎。山浦道場に行っていたのか」 「はい」 「どうした。わざわざ来るということは、何か用があるのだろう」    市之進は促すような視線を鉄次郎に投げた。俄かに、鉄次郎を不安が襲った。父に言えば、新選組の入隊試験を受けるという決心は、取り消せないものになる。 (ええい、こういうのは勢いだ。言うんだ)   「……明々後日、新選組の入隊試験がございます。私はこれに参加し、合格の暁には京へ上り上様のため、お役に立ちたい所存にございます」 「し、新選組だと!?」 「はい。道場に隊士募集の張り紙があって。副長の土方さんが直々に剣の腕前を見てくださるそうです」 「いきなり何を言い出すかと思えば。京は物騒だ。物見遊山ではないのだぞ。道場で木剣を振ることにいかに長けていようが、真剣で敵と斬り結ぶのはわけが違う」 「それはわかっております。けれど、今まで鍛錬した剣の腕を世のために役立てたいのです」 「しかしなあ」 「お父上の言う通りですよ。京では人斬りが日常茶飯事だというではありませんか。まだ若いあなたがそんなところに行って何になります。それに、いきなりあと数日で出発と言われても」  市之進を援護するように、芳乃も心配そうな顔で引き留める理由を並べた。
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