十年後の君は

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 危ない!! つい転びそうになる。これ、階段だから転んだらやばいかも。目を閉じ、結構大きなけがを覚悟する。 「大丈夫か?」  誰かが私の腕をつかんだ。  多分三十歳位の男性の声が耳元で聞こえる。  知り合いではないはずなのに、懐かしい声質が耳元をよぎる。  私は結構うっかりミスが多い。だから、転ぶことはしょっちゅうで、いつの間にかどこかにぶつけていることも多い。大学生になって二十歳を過ぎようとしているのに相変わらずだ。  今回は見知らぬ誰かのおかげで、運よく助かった。  振り返ると知らない若い男性が立っていた。 「ありがとうございます」  お礼を丁寧に言う。 「ここでケガすることはわかってたから、助けられてよかったよ。相変わらずおっちょこちょいだな」  めちゃくちゃ知り合いっぽい。私のことを知っているのだろうか?  頭の上にハテナが浮かぶ。 「俺は藤城透哉(ふじしろとうや)だよ」  藤城透哉というと、同級生の同姓同名の幼馴染はいるけれど、三十歳くらいの年上の知り合いはいない。 「私、知り合いでしたっけ?」 「俺、十年後の未来から来た藤城透哉だよ」  はぁ? 十年後ってどういうこと? 未来? タイムリープ?  たしかに大人びた透哉という印象はある。目元の涼しい感じは変わらない。どこか冷めているようなクールな端正な顔立ちも言われてみれば、兄弟みたいな感じもする。でも、透哉は一人っ子だ。良く知る私が認識しているから間違いではないはずだ。 「ちなみに俺の姿はおまえ以外には見えないらしい。この時代の自分自身にも見えてなかった。さっきそのあたりにいる人間に接触したけど、俺の場合自分から触れようとしなければ透明人間状態になるらしい。触れようと思えば触れられるからさっきは詩織を助けることができたみたいだ」  見慣れた笑顔に安堵する。  だから、さっき触れることができたのだろうか。  触れようとしても、やはり触れられない。  怪奇現象っていうやつなのでは?  幽霊やあやかし説も浮上する。 「もしかして、タイムリープした幽霊とか? ホラーとSFが合わさったみたいな」  奇想天外な返答をしてしまった。  苦笑いが返ってくる。 「俺はちゃんと未来で生きてるよ。でも、なぜか意識だけ十年前にタイムリープしてしまったらしい。タイムパラドックスはおきないようになのか、過去の俺自身には未来の自分は見えないようだ」 「透哉くんは結婚はしてないの?」 「独身だよ」 「今でも私たちは友達?」 「一時期、仕事忙しかったりで疎遠にはなったけどな。お互いそれぞれ恋人がいた時期があったかもしれないな。素直になれなかったから、こんなことになっているのかもな。俺はおまえのことが好きだったんだ。でも、ずっと言えなかった。実は未来でもまだ伝えられてないんだ。でも、過去で告白するなんて変な感じだな」  私の顔は真っ赤な熟れたリンゴの如く、熱く火照っていた。  今の時代の透哉はこんなに素直じゃないし、ちっとも優しくない。だから、どちらかというと嫌われているような気がしていた。こんな形で想いを受け取る日が来るなんて。でも、この時代では、両思いになっていないし、何かが変わったわけではない。大学は同じだけど学部が違うし家は近いけど、あまり関わることはなくなっていた。  ぜったいに詩織のことは好きじゃないとかそういうことを言われたことは自覚はある。まさかの未来人からの告白なんて、ありえないのに、嬉しい。  でも、同一人物だなんて未だに信じられない。たしかに、どこか似ているし、同じ顔立ちだとは思うけれど、別の似た人みたいだ。優しい穏やかな物腰は大人になったからこそのものなのかもしれない。包み込むような笑顔も嬉しい。 「本当に透哉なら、私たちにしかわからないことがあるでしょう?」  確証を得るための会話を誘導する。 「俺と詩織は生まれた時から近所に住んでいて、同じ幼稚園、小学校、中学校、高校に進学した。俺たちは小学生の時に、宝箱を隠したよな。でも、結局疎遠になって開けてないんだよ。宝箱の中身は自分たちへの手紙と大切な物をいれたはずだ。二十歳になったら掘り起こそうというものだった」 「たしかに、小さい時に埋めたタイムカプセルがあったかも。今は二人で会うこともないし、そのままになっているね」 「実は十年後。三十歳を過ぎても、いまだに空けていないんだ。お互いの大切な物を披露するっていう話はなかったことになってしまってさ」  三十歳になってもあどけない笑い方をするんだな。  やっぱり好きだと自覚する。実は両思いなんだっけ? そんな事実があったとしてもこの時代の透哉は私のことを好きではないだろうと思ってしまう。最近も誰かに告白されて付き合ったとかそういう噂を聞く程度の距離になっている。目の前の人が自分の最愛の人で、相思相愛だなんて信じられない。  でも、未来の透哉ならば、この時代の透哉とは別の考えかもしれない。つまり、この時代の透哉が私を好きだなんていう保証はない。告白してもふられるだろう。だから、ずっと見守るだけの報われない片思いをしている。だいたい、家が近いだけで、私たちの心の距離は遠くなっている。たまに会っても最近は会話もないし、挨拶すらしないことも多い。 「私のことなんて眼中にないと思ってた。透哉はいわゆる陽キャだし。私はごく普通の地味な生徒だから」 「そーいう詩織のことを俺はずっと気になってるというか、めちゃくちゃ好きだったんだけどな」  大人になると素直になるのだろうか。というか私、一応二十歳だし、大人なんだけど。  って告白されたよね、今。不意打ちの告白。 「俺は基本天邪鬼だったからなぁ。好きな人には嫌いって言ってしまうタイプだったんだよな」 「たしかに、昔からそういう性格だったかも」 「こんな俺だからさ。告白なんて絶対無理だから、詩織の方から言ってくれたらヘタレな俺はテンションマックスかもしれないな」 「そうなの? 迷惑かもしれないってずっと気にしてた」 「じゃあ本人様直々に協力してやるよ」 「協力って?」 「告白の協力だよ」 「誰に告白するの?」 「詩織がこの時代の俺に告白するように協力してやるよ」 「待ってよ。私、そんなつもりはないんだけど」 「いいだろ。俺のこと嫌いか?」 「嫌いじゃないけど、好きとは言えないよ。だから、絶対に告白なんて無理」 「はぁー。お互いこの様子だと付き合うなんて夢のまた夢だな。臆病者同士、どうせ好かれてるはずないから、諦めようって思って、両思いなのにめちゃくちゃもったいないよな」  透哉は深いため息をつく。いきなり告白はハードルが高い。 「そうだな。じゃあ、嫌いじゃないっていうことをこの時代の俺に伝えてほしい」 「それって告白じゃん? 無理無理」 「好きっていうのではなくて、友達として好感持ってるみたいな感情でいいからさ。それに今俺が告白してるってことは、相手が好きだということを知った上で告白する一大チャンスなのにな」 「この時代のあなたが素直に告白を受け入れるとは思えない。人格は別人だと思うし」 「時間が経つと別な人間になるって言うのがおまえの言いたいことか。わかった。今回は三十過ぎた大人の俺がリードしてやる。宝箱を開けろ。そこには俺がおまえにあてた手紙が入っている。手紙だから伝えられることもあるだろ」 「小学生の時から口が悪かった記憶はあるけど。私への悪口とか書いてないよね」 「安心しろ。あの時は、詩織からもらったしおりを宝として入れたんだ。その理由を書いている。その雰囲気なら告白したら両思いになるだろうと思ってさ」  じっと透哉が私を見つめて私の肩をつかんで至近距離にいる。勝手に緊張する。大人になった透哉は緊張しないのだろうか。 「俺のこと、嫌いか?」  きれいな瞳だ。今と変わらず澄んでいる。少し緑色がかった黒い瞳は美しい。 「そんなことはないけど、突然のことで……」  やっぱり透哉に似ていると近くで見て感じる。でも、告白するなんて恥ずかしい。なんて言われるか考えただけで怖い。  私はとても意気地なしだということを痛感する。 「宝箱は二十歳になったら開けようって言ってたんだから、今開けようと言ったら約束通りだろ。だから二十歳のお前に会いに来たのに。とりあえず、スマホでメッセージ、送っておけ」 「ちなみに透哉さんはいつまでこちらに滞在予定なの?」 「俺には時間がない。今夜中にミッションをクリアしないとだめなんだ。未来でそんなに長い時間意識がないとまずいからな。ちなみにこの体は非常に便利なんだ。寝る必要もないし、食べる必要もない。実体がないからな」 「今日一日で告白なんて無理だよ」 「もし、告白しないと俺は未来でいなかったことになるらしい」 「なんで、この告白次第でいないことになっちゃうの? それに、私が失恋したらどうするの?」  よくわからないけど、告白しないとヤバいということはわかった。  未来がどうとか言っている時点で、理にかなっていないとか常識に当てはまらないなんて言うこと自体ナンセンスだ。 「失恋時は慰めてやる。っていうか時間がないのは本当だ。本人が告白の結果を保証してるんだ。絶対にうまくいくから」  大人になった透哉は肩幅が広くなって、のどぼとけが大人の男性らしさを醸し出していた。  声も今とは違って低くて落ち着いた声だ。やっぱり好きだなと未来の透哉を見て実感する。 「私、気持ちを伝えるよ」  その瞳は真剣で、無下にはできなかった。 【夕方五時に宝箱を埋めた場所にて待つ】  とりあえずメッセージを送ってみる。なんだか果たし状みたいな文章だ。  もう少しかわいげのある告白するぞっていう気の利いた感じの文章は思いつかなかったのだろうかとスマホを眺める。  昔のよしみで登録して繋がってはいるけど、メッセージを送るのも初めてだし、気づいてくれるだろうか。  あっちは私のこと登録してないかもしれない。  心配になってしまう。  意外にも早く既読がつく。つまり、私を追加してくれていたということか。  それだけで嬉しくなる。  でも、今夜もし来てくれなかったら。もし、これから告白することができなかったら、どうしたらいいのだろう。  傍らの大人になった透哉は透明で透けているのに私の手をにぎるしぐさをする。  一瞬だけ実体を存在させて、手をにぎられた。  っていうか、私、この歳で、男性と手を繋ぐなんてはじめてなんですけど。  しかも、好きな人(未来から来たほうの彼)とだなんて、想像もしていなかった。 【夢が丘桜の木の下にて待っていろ】  返信もムードのカケラもない。あっちはまさか告白されるなんて思ってないだろうし。  これじゃケンカの約束でもするような文章だ。  もっと国語を勉強しておけばよかった。恋愛小説で女子力高めておけばよかった。  後悔はとどまることを知らない。 「会ったら何を話したらいい?」 「俺のことは見えてないから、好きなだけ愛を囁いてほしいな」 「もう、そんなことできるわけないでしょ」  大人になると余裕ができるのだろうか。  宝箱を開けると、私は何かメッセージを書いていただろうか。  昔のことだから覚えていない。  透哉はなんて書いたのだろう。  風が少しばかり涼しくなる夕暮れ時は空の色が絵の具で塗ったようなきれいなグラデーションになる。  この時間の空の色が一番好きだなんて思ってしまう。  そびえ立つ遠くの山々と空の色はまるで油絵のような芸術品。  久しぶりに間近で見る透哉。急いできたのか走ってきたようだった。  坂が急だから、肩で息をしている。 「メッセージ、あれはなかったことにしたいと思ってる。実は今まで宝箱のことを忘れていたんだ。今日は回収しに来ただけだ」  「お互いにあてた手紙を読もうって約束してたでしょ」 「あれはなしだって。恥ずかしいし」 「私だってなんて書いたか覚えてないけど、覚えてるの?」 「なんとなくは……」 「もしかして悪口とか?」 「違うよ。久々にしゃべったのに距離感変わんないな」 「たしかに。全然タイプも違うのにね。最近噂になってるけど、美人女子大生の亜里沙ちゃんと付き合ってるの?」 「付き合ってないよ」 「告白されてたって話有名だよ」 「告白されたけど、付き合ってないよ」 「やっぱりモテるんだね」   思わず顔をのぞきこむ。透哉もどこを見たらいいのか困った顔をする。 「この公園の夕焼け空ってとってもきれいだと思わない? 私、宝箱開けるなら、黄昏時に空けたいって思ってたんだ。この風景が私にとって大事な色だから。山なみから垣間見れる夕焼けの不思議な色合い。空の紅葉だ」 「こうやって一緒にいるのも久々だよな。おまえは相変わらず冴えないな」 「透哉がイケメン過ぎるんだよ。人気者で明るいから」  スコップを持ってきて穴を掘る。そんなに深くない場所に隠してあった。  古びた缶に入っていたのは――手紙と大切な物。  透哉は私があげたしおりを入れていた。 「私の手紙、なんて書いてあるんだっけ?」 『だいすきなゆうやけのいろをとうやにあげる』  子供の頃、この場所から見える夕焼け空の色が好きだった。だから、二人で分かち合おうとしていたのだろう。  小さな文字で『ゆうやけのいろをとる』と書いてある。 「ゆうやけをとることは物理的に無理だよね」 「小学生の時に流行った謎解きだよ。文字を取って読めってことだろ」  改めて取って読んでみる。「だいすきなとうやにあげる」  ???  もしかして、私、告白じみたことをしてしまった? 「大好きな俺に何をあげるってことかな? 詩織をくれるってことかな?」  にやりと弱みを握られる。 「透哉の方の手紙だって謎解きでしょ」   『しおりはたいせつだ。さいしょのもじもたいせつだ。  だからたからばこにいれた。  いつまでもわすれないように。  すずしいきせつも あついきせつも。  きっとずっと。』  意味不明な子どもらしい手紙だ。  無理矢理奪って読んだけど、子どもらしいただの手紙だった。 「これ、愛の告白なんだよな」  未来の透哉が耳打ちした。もちろん若い方の透哉は気づいていない。  「しおりは詩織、おまえのことを指している。文字通り詩織を大切だという意味だ。最初の文字をつなげて読んでみろ。だいすきになるだろ」  しおりと詩織をかけている? 最初の文字も大切というのは最初の文字だけを読むとだいすきになる?  どきりとして、初めて彼が子供の頃、私のことを想っていてくれたことに気づく。  いつのまにか辺りは暗くなり、星空がきれいだ。 「だいすきってかいてあるんだよね」  その一言で、透哉は驚きながらも、すごくうれしそうで照れくさそうな顔をした。  その瞬間未来の透哉は「元の世界に戻るよ。ありがとう、お母さん。お父さんと仲良くしてね」  お母さんって、彼は私の息子だったってこと? お父さんが透哉ってことは結婚するってこと?  未来では夫婦?  でもなんで三十歳の姿になった息子がこの世界に来たんだろう?  告白しないと息子の存在が危ういってこと?  でも、たしかに彼がいたから久しぶりに透哉と話すことができた。  多分、これは両思いなんだよね。 「俺は未来から来た二人の息子だよ。二人が結婚しないと俺が生まれないから、大人の姿にしてもらって、二人の元へやってきたんだ。宝箱の話は、神様から聞いたんだけどね。お父さんはずっとお母さんに告白できなくて新しい恋ができなかったんだ。今、ここで両思いになったら、俺といつか会えるから」  神様って何? わからないけど、とても不思議で幸せだ。 「ありがとう」  透哉が言う。見えていた? 「絶対会おうね」  私の瞳には涙がにじんでいた。 「いつかまた」  そう言うと未来の息子らしき彼は姿を消してしまった。 「あいつ、俺のことお父さんとか言ってたよな」 「見えてたの?」 「宝箱の手紙を解読したあたりから俺にも見えていた。あいつ、ずっといたのか?」 「今日、突然未来の藤城透哉だって言って現れたんだけど、透哉の息子らしいよ」 「ていうか詩織の息子なんだろ」 「二人の息子ってことは……」  二人は息を呑む。夕陽も沈んで、あたりは真っ暗だ。  頬が赤くなるのが見えなくてちょうどいい。  公園の街灯だけがわずかな光を放っていた。 「こんな俺で良かったら、よろしく」  手を差し出される。 「こんな私で良かったら、よろしく」  手を差し出して握手をする。手と手が繋がった。握手をしたのは初めてかもしれない。  私たちは未来の子どものお陰で恋が始まった。  もし、彼がいなかったら――奥手な私たちは一生恋が始まらなかったかもしれない。 「これは始まりの夜だね」 「息子に感謝だな」  一番好きな人とずっと一緒にいれますように。  空に光る星を眺めながら私たちは祈っていた。 「初恋は実らないなんてジンクスを私たちは破壊していこうか」 「意外とおとなしそうにみえて、パワフルだよな」  私も彼もつないだ手を放せずにいた。  ぱっとしない地味な私だけど、透哉は想ってくれていた。  星空の下での私たちの誓い。  まだ始まったばかりの私たちの恋の物語はこれからだ。
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