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「待ってくれ! 僕はルルと別れる気なんてない! 頼むから話を聞いてくれ!」 「いえ、殿下。もう十分です。別れるつもりは無いと仰るなら、殿下は私を正妃にしてサマンサ様を側妃にとお望みなのですね?」 「違う! 僕の妻は君だけだ!」 「違うとは? 先ほどサマンサ様を側妃に迎えると仰いましたが? ところで側妃となったサマンサ様はどちらにお部屋を? 愛する側妃様には殿下の私室近くがよろしいと存じますので私が別宮に参りましょう。ああ、お二人の結婚式は私たちの式より先ですか? それとも後でしょうか。でもそうですわね……正妃より先に側妃と結婚というのもおかしな話ですものね。次の週になさいますか? それとも翌月でしょうか? ああ、いっそ同日に3人で祭壇に並びますか?」 「ルル……頼むから話を聞いてくれよ……ルル……ルル……愛しているのは君だけだ」  ルルーシアが真っ赤な目でアマデウスを睨んだ。 「左様でございますか。それはありがとうございます。幸いにして私は王太子妃としての教育も終えておりますので、きっと殿下の正妃としての業務だけは果たせることでしょう」 「ルル……違うんだ……そうじゃない」 「仕事は正妃に、愛は側妃様に? それならいっそ愛するサマンサ様を正妃に迎えられてはいかがです? 大変優秀な方だと聞き及んでおりますから、私が6年間で学んだことなど、きっと3年もあれば習得なさいますでしょう? 学習が終わり次第、私は修道院へ参りましょう。ああ、でも私を正妃に迎えないと交易に問題が生じるのでしたわね……なんとも申し訳の無いことでございますわ」 「なあルル……頼むよ。僕の話を……」  アマデウスがルルーシアに手を伸ばした。  その手に気付きもせずルルーシアは独り言を呟いているが、その目からは大粒の涙がボロボロと流れ続けている。 「私のウェディングドレスはあまり豪華にはしない方が良さそうね。サマンサ様は伯爵令嬢ですもの、ご無理をさせては申し訳ないわ。ああ、そうか。愛するサマンサ様には殿下がお贈りになるわね。むしろ私よりずっと豪華だったりして? ふふふ……ははははは!」  アマデウスは真っ青な顔でルルーシアに向かって声を出し続ける。 「ルル……彼女との婚姻式などする気は無いよ。僕が楽しみにしているのは君との結婚だけだ。頼むからルル、僕の話を……ルル? ルルッ!」  アマデウスが言い終わらないうちに、ルルーシアがドサッと音を立てて倒れた。  真っ赤な頬で、短い呼吸を繰り返す娘に駆け寄った侯爵がその体を抱き起こす。 「誰か! ルルが倒れた! 医者を! 医者を呼んでくれ!」  その声に隣の部屋で控えていた医者が飛び出した。  アリアも続こうとしたが、キャロラインがそれを止める。 「旦那様より何があってもこちらで待機していただくよう申しつけられております」  アリアは唇を嚙んでソファーに座りなおした。  ルルーシアのいる客間は騒然としている。  駆け寄ろうとしたが、侯爵に強い拒絶をされたアマデウスは呆然と立ち竦む。  アランはアマデウスの横顔を凝視しながら唇を強く嚙んだ。 「殿下、今日のところはお引き取り下さい」 「あ……いや、ルルに付き添いたいです。ルルが心配で……」  メリディアン侯爵があからさまに嫌悪の表情を浮かべた。 「心配だと? 何をふざけたことをぬかしている! お前のせいで娘は倒れたんだ! お前のもとに嫁になどだすものか! 婚約など破棄してやる! とっとと失せろ!」  今にも胸倉を掴みそうな侯爵の前にアランが体を滑り込ませた。 「メリディアン侯爵。お気持ちはわかりますが、王太子殿下に対してそのような言葉遣いはお控えください」 「不敬罪か? 上等だ、どんな罰でも受けてやる! そもそもお前は何のために側についていた? 不貞行為を隠すためか? それともお前が手引きでもしたのか? フェリシアとは良い関係を築けていたが、それも今日までだ! 二度と我が屋敷の門をくぐるな! おやじにもそう言っとけ! さっさと帰れ! そこの裏切者を早く娘の視界から消せ!」  言い返そうとするアランの肩に手を置いて止めたアマデウスが、侯爵の前に両ひざをついた。 「メリディアン侯爵、お怒りはごもっともです。僕が全て悪い。手順を間違えました。でも……でも僕がルルを愛していることは神に誓って本当です。僕はルルだけを愛しています。それだけはどうか、どうか信じてください」  侯爵はじっと目を閉じて拳を強く握った。 「アマデウス・ローレンティア王太子殿下。先ほどの不敬についてはいかようにも罰してください。甘んじて受け入れましょう。しかし今日のところは……どうかお引き取りを」  アマデウスが侯爵の前に両手をついて土下座の姿勢をとる。  アランは慌ててそれを止めようとするが、アマデウスの体はびくともしなかった。 「申し訳ございませんでした。僕が浅慮だったばかりにルルーシア嬢を深く傷つけてしまいました。厚かましい願いとはわかっていますが、落ち着かれましたらもう一度チャンスを下さいませんか。お願いします。どうかお願いします」  侯爵は悲しそうな顔を向けただけで、それには返事をせず部屋を出た。 「殿下、帰りましょう」  アランがアマデウスの肩に手をかける。  その声に顔を上げたアマデウスの目は真っ赤に充血し、まるで血の涙を流しているように見えた。
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