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「で? いつ殺す?」  キリウスが嬉しそうな声を出した。 「二週間もあれば熱病がこじれて衰弱死するには十分ではないでしょうか」  アリアの声に全員が頷く。 「その後はどうするの? 彼女は王宮で隠れているって感じかしら」  ルルーシアの疑問に答えたのはアランだった。 「先ほど父上から連絡がありました。我が家で預かるそうです。誰かに見られたら兄の婚約者候補という言い逃れができるからということでした」  マリオがポンと手を打った。 「完璧ですね。移動方法は?」 「お土産配りに侍女を連れて三大侯爵家に行くっていうのはどう? 王太子の側近は私ひとりだから、アランかマリオが行くのが妥当じゃない?」  アリアの言葉にアランが答える。 「だったら俺が行こう」  それから一週間、侍女に化けたサマンサが正面から堂々と王宮を出ていく。  目指すはアランの実家であるフェリシア侯爵邸だ。 「どこまで進んだ?」  お土産物の箱を開けて、アランがサマンサに渡していた資料を取り出した。 「側近試験の見直しは後回しにして、まずはメレント国の情報を叩きこんだわ。そしてカレンの為人と友好関係。ウィンダム伯爵家については、この後すぐに始めるつもり」 「順調だな。髪は切るの? 染めるとか言ってたけど」 「うん、メレント国は女性でも短髪の人がいるみたいよ。髪は憧れの金髪にしようかなって思ってるの。アリアの青銀の髪も素敵だけれど、やっぱり金髪かなって」 「ルルーシア様のような金髪か? 狙ってないか?」  サマンサの肩がビクッと小さく跳ねた。 「な……何言ってるのよ。そんなわけ無いでしょ? ただの憧れよ」 「それならルルーシア様とは違う髪色にすることを勧めるよ。アリアはバカじゃない。絶対に気付くぞ」 「……わかった。変な誤解をされるくらいなら金髪はやめておくわ」 「ああ、その方が良い。そうだなぁ、王太子夫妻はお二人とも金髪だし、アリアは青銀だろ? マリオは燃えるような赤か……黒は俺だしなぁ」 「だったらメントレ国で一番多いオレンジにしようかな」 「メントレ国はオレンジが多いのか? 我が国では少数だから目立たないか?」 「そうかな」 「まあメントレ国出身なんだから良いか。俺が帰ったらアリアにも相談しておくよ。もしダメだと言ったら連絡する」 「ねえアラン、あなたって絶対にアリアのお尻に敷かれるね」 「そうか? まあアリアになら全体重で圧し掛かって貰っても構わんし、それで圧迫死するならむしろ本望だが?」 「なんだかアリアが羨ましいなぁ。ルルーシア様だってアマデウス殿下にあれほど愛してるって言われているし。まあなかなか上手くはいかないわよね」  そう呟いたサマンサの胸に、二つ目のシミがついた。  馬車から降りた二人を迎えたのは、この屋敷の主であるフェリシア侯爵と、アリアの父ロックス侯爵、そしてルルーシアの父メリディアン侯爵だ。  三大貴族家の当主に迎えられたサマンサは、あまりの迫力に後退ってしまう。 「父上、それにメリディアン侯爵とロックス侯爵も。お忙しいのにお揃いいただき感謝いたします」 「ああ、そちらが例のご令嬢かい?」  ロックス侯爵が表情を変えずに言った。 「は、初めてお目に掛ります。私はサマンサ・フロレンシアと申します。この度は本当にご迷惑を……」 「そうだな。たしかにとんでもない迷惑だったが、済んだことは仕方がない。それに今回我が娘が立てた作戦にも同意したと聞いている。最後の確認だが、本当にそれで良いのだね?」 「はい、もちろんです」 「そうか。では我々もそのつもりで動こう」  フェリシア侯爵が口を開いた。 「君は妻の遠縁の娘で、うちの長男の嫁候補として滞在することになっている。これは使用人たちにもそう言ってある。名前はそのままカレン・ウィンダムを使いなさい。髪型も色も化粧も早めに改めると良い」 「畏まりました」 「長男は領地にいるから会うことは無いはずだ。気にせず勉強に没頭しなさい」 「はい、ご配慮いただき感謝します」  アランが口を開いた。 「父上、ウィンダム家は母上の遠縁なのですか?」 「うん、俺も会ったことはない。義母上の姉の夫がウィンダム家の当主と従妹だと聞いた」  ロックス侯爵がボソッと言う。 「もはや他人だろ」 「まあまあ、他人だろうと親戚だろうと関係ないさ。サマンサ嬢と呼ぶのはこれが最後だ。この客間を出た瞬間から君は『カレン・ウィンダム』だ。間違えないようにしたまえ」  三人の中で一番固い声でメリディアン侯爵が言った。 「はい、肝に銘じます」  カレンとなったサマンサを残し、替え玉の侍女を連れてアランは王宮に戻って行った。  自室として与えられた3階の部屋に案内されたサマンサは、ベッドに寝転び何度も呟く。 「私はカレン、私はカレン。カレンカレンカレンカレン。カレン・ウィンダムよ」  ずっと気を張っていたのだろう、サマンサはそのまま眠ってしまった。
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