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 デザートまで食べ終わっていたアマデウスに王弟が声を掛けた。 「まだ眠らないだろう? 少し付き合えよ」 「ええ、是非異国の話を聞かせてください」  二人は国王夫妻に挨拶を済ませ、談話室へと向かった。 「お前も早く飲めるようになればいいのになぁ。秘蔵のワインを一緒に味わいたいものだ」 「ははは! あと半年お待ちください。卒業すれば成人ですから、いくらでもお付き合いいたしますよ」 「あと半年かぁ、無邪気な顔で俺に纏わりついていたお前がもうすぐ結婚するんだな」 「叔父上は独身を貫かれるのですか?」  メイドが置いたワイングラスを目の高さに持ち上げたまま王弟がニヤッと笑った。 「俺が結婚して子供でもできてみろ、望みもしない後継者争いが始まるだけだよ。俺たち兄弟は幼いころから仲が良かったし、兄上は国王として申し分ないほど優秀だ。俺は国王のご意見番で十分さ」  遠い目をした叔父をアマデウスは静かに見た。  身分も容姿もこの上ないほど優れているにもかかわらず、結婚しないまま今年で33歳になるこの叔父は、国の内外を問わず数多の浮名を流している事でも有名だ。 「なあアマデウス。お前が天体観測が趣味だってことを隠したいという気持ちはわからんでもない。でもな、女というのは隠し事をされるのを一番嫌うのだよ。たとえそれが心変わりの言葉だったとしても、隠されるより聞きたがる。早めに打ち明けることを勧めるよ」  アマデウスはたっぷりとミルクを注いだ紅茶のカップに口をつけた。 「隠すというより言いそびれたってだけなのです。それにしても、先ほどの噂話ってそれほど広がっているのですか?」 「そうみたいだな。まあ、気を付けるに越したことはない。ところでそのサマンサという子はどんな子なんだい?」  アマデウスはサマンサについて話した。  嬉しそうな顔で話すアマデウスの顔を見ながら、キリウスは複雑な表情を浮かべる。 「へぇ……新しい星をみつけたいなんて面白い子だなぁ」 「ええ、彼女の探求心は尊敬に値しますよ。毎晩自室のバルコニーから星を眺めていると、ほんの些細な変化にも気付くようになるのだそうです」 「ふぅん、お前たちってどこで星の観測をしてるんだ?」 「王宮の北の森です。森の入口に展望台があるでしょう? 遮蔽物もないし街の灯りも届かないから天体観測には絶好なのです」 「彼女は夜に家を抜け出しても大丈夫なのかい?」 「サマンサは乳母と二人で別邸に住んでいるので、誰にも気付かれないらしいです。展望台に行く日はこちらから馬車を回すので、行き帰りも安全ですし、裏門から森に入れるので、門番にさえ話を通しておけば問題なく通過できますしね」 「ははは! まるで秘密の逢瀬だな。なるほど噂になるはずだ」 「えっ? 誰にも気付かれていないと思ったのですが」 「甘いよ。隠そうとすればするほど目立つものさ。むしろ正面から堂々と迎え入れて、何人もの護衛やメイドを連れて行った方が良かったんじゃないか?」 「そういうものですか」 「そういうものだね」  考え込むアマデウスを見ながら楽しそうに笑う王弟。 「ルルに疑われたどうしよう……」 「すでに疑われてるかもしれんぞ? これから毎日どれほど婚約者を思っているかを面倒がらずに伝えるしかないな。まだ間に合うことを祈ってるよ」 「叔父上……そんな不吉なことを言わないでくださいよ」  キリウスがニヤッと笑った。 「なあ、想像してみろ。目の前でルルちゃんとサマンサ嬢が崖からぶら下がって助けを求めている。婚約者の指は岩に掛かっているが、いまにも外れそうだ。でも1メートルほど下には大きな岩が突き出ていて、そこに落ちれば助かるだろう。一方の友人は崖から突き出た太い枝に両手がかかり、枝もすぐには折れそうにない。でも彼女の下には何もなく、もしそれが折れたら真っ逆さまに落ちて死んでしまう。さあ、お前はどちらに手を伸ばす?」 「え……ルルは落ちても助かるかもしれないけれど、今にも指が離れそうなんですよね? で、サマンサは今は安全そうだけれど、もし何かがあったら助からない……」 「うん、そういうこと」 「そういう状況なら……」  アマデウスはキリウスが考えていたより随分早く答えを出した。  その答えを聞いたキリウスは残ったワインを飲み干してから声を出す。 「なるほどね……さあ、明日も学園だろ? もう寝ようか」
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