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「どこか具合でも悪いの?大丈夫?」
そう言って隣の席から見知らぬおばさまが顔を覗かせてくる。
「あ、いや、大丈夫です」
僕は引きつるような笑顔で答えた。
「でも、とても苦しそうだし、血の気が引いたように真っ青な顔してるわよ」
「あ、全然大丈夫ですから。本当に大丈夫です」
僕は小さくお辞儀をして窓のほうに顔を向けた。
「それなら良いけど・・・・」
おばさまはそれ以上は何も言ってこなかった。
ポツリポツリと窓に水滴が当たった。僕は空を見上げた。いつの間にか真っ黒な雲に覆われていた。その瞬間、バチバチバチっと音を立てて雨が窓を叩いた。
「あら、やだ。やっぱり降ってきた」
おばさまが独り言のように言うと何やらガサガサと小さな音を立てた。前の方から「あーあ」と男の人の声がした。これでもかという程の大粒の雨が一気に降ってきた。街並みが霧のように霞む。
時折やってくる身震いに襲われて、更に体を硬直させた。バスの速度が落ちたことに気付く。過ぎていく小さなレストランの店内の灯りがやけに目についた。まだこの辺りか。
とうとうノロノロ運転になった。どんな状況なのかと前方が気になったが、顔を上げることすら体が拒む。それでも拳を握り締めて耐えなければならない。こめかみに冷たい汗が流れる。
「くそーっ」
心の中で大きく罵った。罵る相手がいる訳でも無いが、とにかく罵るしかなかった。頭痛までしてきた。心臓も掴まれているように痛い。
バスのアナウンスが降りるバス停を名指しする。
僕はプルプルとした手でボタンを押した。
次止まりますの声に少しだけ救われた気がした。
外はまだゲリラ豪雨。僕は降車ドアの前で一瞬躊躇した。運転手の視線を背中に受ける。視線の冷たさに背中を押されて一気に外に飛び出した。バスは先を急ぐかのように走り去っていく。
僕は、少しの間だけその場に留まった。土砂降りに打たれながらも歩き始めなかった。そして、おもむろに足を動かすと急に辺りが明るくなって雨が上がった。
僕は、開放された。あの苦しみから開放されたのだ。周りを気にせず僕は二度三度飛び跳ねた。アスファルトの水たまりがビチャビチャと飛沫を跳ねる。夕焼けにはまだ少しだけ早い陽の光に僕の満面の笑みが輝く。
「びしょ濡れになって助かった」
重くなって肌にまとわりつく制服のズボンの真ん中辺りを確認すると、僕は身も心も軽くなった。
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