青空をくるくるまわして

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青空をくるくるまわして

傘が欲しい。 できれば大きな傘がいい。 もう6年生だから、大人用の大きな傘にしたい。 小学5年生から使っていた傘は、先週の強い雨風が吹いた日に壊れてしまった。 そのときから雨が降っていないからいいけど。 カバンに入れてある折りたたみ傘だけでは心許ない。 「お母さん、新しい傘が欲しい」 「んん? そうね、買いに行こうか」 日曜日の朝に言ってみたら、お母さんがすぐにOKを出してくれた。 やった。 嬉しくてニヤニヤしてしまう。 どんな傘がいいかな、と考える。 イラストは……そうだな、ネコちゃんがいいな。あ、ワンちゃんもいいし。イルカとか、も。 色は……青。ピンク。 あ、でも透明のビニル傘に大好きなキャラクターのついた傘もいいな。大人用の傘にそんなの、あるのかな。 大人っぽく模様なしとかはどうかな。 とにかく。 みんなから『いいねその傘!』って言われたいな。 * 午後からお母さんと一緒に買い物へ出かけた。 傘売り場にはカラフルな傘がたくさんある。 白から黒へグラデーションになるように並べられた傘。 そこから気になる色を取り出してみる。 夏の空をそのまま持ってきたような青。 少し秋になったころの薄い空色。 冬の冷たい風と乾いた空気を思わせる水色。 ピンク。 ローズピンク。 サーモンピンク。 取り出して、広げて、くるくると回してみる。 今までのサイズよりも大きい。 大人用のサイズ。 可愛いイラストは入っていない。 でも大きければ背中に背負った荷物も濡れなくて済む。 私は青の傘を選んだ。 雨の日でも傘の中は夏の空になる。 * 先週、傘が壊れてしまった日に一緒に帰っていたのはいつもの理奈ちゃんだった。でも理奈ちゃんはカッパを着ていたから。いつもの傘はどんなのだったかな。 「理奈ちゃん、傘は?」 って聞いたら 「カッパのほうが安全だから」 って言ってたっけ。ああそうだ。 理奈ちゃんってそういうところがあった。 私がいいっていったものでも平気で、そんなことないよこっちが好きだよって言ってくる。 そういうの、ちょっと苦手だ。 でも家が近くだから、一緒に登下校している。 今は6年生だから、あと1年は一緒。 * 「あーあ、理奈ちゃんと一緒に学校行くのやだな」 「どうして? ずっとなかよくしてたのに」 お母さんは理奈ちゃんのああいうところを知らないから。 私が悪いみたいに言ってくる。 ちょっとだけ、傘とカッパのことを話してみた。 すると、こら、というような顔でお母さんが言った。 「理奈ちゃんは悪気はないのよ」 「悪気がなかったら何でも言っていいの?」 「んんっと、そうねえ。それはそうだけど」 お母さんは口ごもった。 それを見て、思いだす。 こないだあったこと。 私が新しく買ってもらったペンケースを見て『なんか光りすぎてる』って言ったんだ。 確かにキラキラした星やラメのついた賑やかなペンケースだけど。 理奈ちゃんのペンケースはシンプルで、ゴテゴテした飾りもない、落ち着いたブラウン。渋すぎる。言わないけど。 * 次の次の日は雨だった。ポソポソと弱く続く雨。 私は惜しみつつ新しい傘を出した。 だって、濡れて汚れちゃうじゃん。 でも、せっかく買ってもらった新しい傘。 こんな真っ青な空みたいな傘を、雨の日にさせるなんて嬉しい。 私だけが晴れた空を持っているみたい。 学校の日は、理奈ちゃんと道で待ち合わせして一緒に登校する。 今日は雨が弱いから理奈ちゃんは傘だった。 ブラウンで、周りの縁取りがピンク。 これまた落ちついた色合い。 「おはよ。サツキちゃんその傘」 会ってすぐに理奈ちゃんが傘を指さしてきた。 気がついてくれたのね、と思わず頬を緩ませたとき。 「またまた派手な色の傘だね。いつもいつもどうしてそんな色を選ぶの?」 ニヤニヤした理奈ちゃんの言葉が私にパンチを浴びせてきた。 「サツキちゃんはキラキラピカピカしたものばっかり好きで、でも」 「うるさいなあ!」 理奈ちゃんの言葉を遮って、私は大声を上げた。 驚くほどの大きな声だったと思う。 そうして駆けだした。 「サツキちゃ」 後ろから追いかけてくる声を振り切って。 ほら。 ほら、いつもこう。 私の好きなもの、笑うの。 もう。 いやだ。 * その日は一日中、理奈ちゃんとは口をきかなかった。 なんとなく話しかけられそうになるとすっと避けた。 だって私の好きなもの、好きな色、笑うんだもん。 私がそっぽを向いたから。 理奈ちゃんは、大きなため息をついて出した手を引っ込めた。 放課後。 いつもは教室の中から理奈ちゃんとずっと一緒に昇降口まで歩くけど、今日はさっさと昇降口まで1人で歩いた。 このまま帰ってしまおうか。 そう思ったけれど、少しだけ待ってみる。 1,2,3 10まで数えても理奈ちゃんが来なかったらもう振り向かずに帰るつもりで。 4,5,6,7,8,9,10 上靴をしまって靴を履く。 もういいや。帰ろう。 * 私は早足で昇降口を飛び出した。 もうもうもう。 今、理奈ちゃんが来たらちゃんと一緒に帰ったのに。 もうもうもう。 理奈ちゃんってわかんない。 あのため息と一緒にでてきた手は何だったのか。 言いたいことがあれば言えばいいのに。 もうちょっと優しい言葉で。 ぷりぷり怒った気持ちで歩き続ける。 そうしたら、後ろからぱしゃぱしゃぱしゃと水を蹴散らす足音が聞こえてきた。 あ。 そう思ったときには後ろから理奈ちゃんに私の腕はつかまえられていた。 ぎゅっと二の腕をつかまれて、思わず振り払う。 「痛いからっ! はなして!」 「ああ、ごめんごめんね」 そうして2人で向き合って立ち止まる。 ぐいっと理奈ちゃんが私に差し出したのは。 「あ、傘」 放課後には空は晴れていて。 いらいらしていたしすっかり忘れていた。 せっかくの青空の傘。 昇降口の傘立てに残っていたのであろうこの傘を、理奈ちゃんが届けてくれた。 青空の、傘を。 「だめじゃん。新しい傘なんでしょ?」 「ん、ありがとう、ごめん、ありがとう」 「あの、その傘、綺麗すぎる青だけど、サツキちゃんに似合ってる」 「え」 理奈ちゃんは顔をあげて、私をじっと見つめると言った。 「それに、ペンケースも。キラキラしててサツキちゃんに似合ってる。きっと好きな色なんだなって思ってるよ。私がブラウンを好きみたいにね」 「えっと」 「私、いつも思ったことが先に口に出ちゃってごめんね。でも、サツキちゃんに似合ってるなっていう一言をいっつも忘れてる。それが大事なのに」 「……どしたの、急に」 「考えたの。どうしてサツキちゃんがなんか怒ったのか。どうしてかなって。考えてたらサツキちゃんのお母さんが」 「お母さん?」 なんだろう。お母さんがサツキちゃんに文句でも言いに行ったんだろうか。どうしよう。泣かせちゃったとか? 「サツキちゃんのお母さん急にうちにきて。ブラウンが地味ねって言ったの。私に」 「はあ? うちのお母さんが?」 「そう。私、頭にきて、私の好きな色なんです!って怒っちゃって。そしたらサツキちゃんのお母さんが」 「何言ったの、うちのお母さん」 「『そうよね、好きな色だから、嫌なこと言われたくないわよね』って言ったの」 「嫌なこと」 「そう。それでやっと気がついたの。サツキちゃんの好きな色に、私はケチつけてたんだって。そんなのいやだよね。サツキちゃんが怒っちゃうの、わかった。ごめんね。でも」 「でも?」 「続きがあって」 「続き?」 「あのね、サツキちゃんの選ぶ色はキラキラしてるけどでも、全部、サツキちゃんに似合ってるって言いたかったの」 * 雨上がり。 雨はもう降っていないけれど。 私は傘をさして歩いた。 くるくると柄をまわしてみる。 私の傘の内側で、私の青空がくるくるとまわる。 サツキちゃんがにこにこしてそれを見ている。 「やっぱり似合うよ、その青空の色」 嬉しくなって、もっともっとくるくるとまわす。 水溜まりにパシャンと足が入った。 少し濡れたけれど気にしない。 私には青空がある。 太陽が笑う。 蝉が鳴いている。 夏が、始まった。
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