雨上がりに跳ぶ

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 小学三年生の僕。運動をするのが苦手で、休み時間は本を読んで過ごすのが好きだ。  ある日の昼休み、親友の大輝が僕の机に近づいてきた。 「健人、たまにはサッカーしようよ」  僕は「えー、嫌だよ」と断ったけど、大輝は「運動しようよ」と僕の手を強引に引っ張って、校庭へ連れ出した。  校舎の外に出ると、ふと校庭の隅に目が留まった。同じクラスの里奈が友達と縄跳びをしている。 里奈は、簡単そうに二重跳びをこなしていた。僕なんて、二重跳びは一回もできないのに。 「健人、里奈のこと見すぎだよ。好きなのか?」  大輝が、からかうような口調で言う。 「違うよ。好きじゃない」    僕は慌てて否定した。でも本当は、勉強もスポーツもできる里奈に憧れていた。里奈が昨日の算数の授業で、僕には解けない難しい問題を正解していたのを思い出す。僕も里奈のように何でも出来るようになりたい。でも、この憧れている気持ちが好きということなのかはわからなかった。    縄跳びが苦手な僕は、里奈のように二重跳びができたらいいなと羨ましくなった。  その日の夜は、寝る前までずっと、テストで全教科満点を取って、二重跳びをする自分の姿を想像していた。明日の昼休みは縄跳びをしてみようかなと考えていたら、いつの間にか眠っていた。  翌日の昼休み、大輝が「なあ、健人。今日もサッカーをしようよ」と言ってきた。 「ごめん。ねえ、今日は縄跳びをやらない?」  僕は、恐る恐る大輝に訊いた。 「えー! なんで?」 「……なんでって…何となく、縄跳びしたいなって思ったから」  すると、大輝はニヤニヤした顔になった。 「あ! わかった! 好きな里奈が縄跳びをやってるから、真似したくなったんだな」 「違うよ。里奈は関係ないって。僕がやりたいから、やるんだ」     そう僕がムキになると。大輝は「しょうがないな、縄跳びやるよ」と優しく笑った。    僕と大輝は校庭に出て、友達と一緒に縄跳びをしている里奈のいる近くで練習を始めた。  しかし、僕は何回やっても二重跳びができない。悔しいことに、大輝は僕の隣で何回も簡単そうにやっている。  完全にやる気を失っていた僕は、「もう教室に帰ろう」と言いかけた。  そこで、「健人、外にいるの珍しいね。二重跳び練習してるんだ。教えてあげるよ」と里奈が近づいてきた。大輝はニヤニヤした顔で僕を見る。   僕は、里奈に教わりながら二重跳びの練習をし始めた。しかし、しばらくすると小雨が降ってきた。校庭にいる児童たちは次々に校舎の中に入る。 「びしょ濡れになっちゃうぞ。教室に行こう」と大輝が言った。でも、縄跳びに夢中になっている僕と里奈は、縄跳びをし続けた。  大輝は「俺は教室に行くからな」と言って、校舎の方に行く。  校庭にいるのは僕と里奈だけになった。雨は少しずつ強くなる。 「二人とも中に入りなさい」  背後から、いつの間にか接近してきた先生の声が聞こえ、僕たちは渋々と校舎の中へと戻った。  昼休みが終わり、午後の授業を受けている間に、濡れていた服は少しだけ乾いてきた。  放課後になり教室の窓から外を見ると、いつの間にか雨が上がっていた。 「雨は止んだから、これから校庭で昼休みの続きをしようよ」  里奈が僕に言った。  それから、僕と里奈は、先生に「もう帰る時間だぞ」と言われるまで二重跳びの練習をしていた。  結局、できるようにならなかった。でも、里奈が帰り際に「ねえ、明日も頑張ろうね」と言ってくれたから嬉しかった。  明日も里奈と一緒に練習できる。心が弾んだ。    そのとき、雨上がりの匂いって、こんなに良い匂いだったんだなと気付いた。  そして、匂いを嗅いでいるうちに、わかってきたことがある。僕は里奈のことが好きなんだ。  このドキドキして、落ち着かなくて、飛び跳ねたくなる気持ちが『好き』ということなんだ。きっと僕は、ずっと前から里奈のことが好きだったんだな。                          (了)
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