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「了解」と松下は答えて前髪を掻き上げると枕元のプラスチックケースの蓋を長い指で弾いて開けた。中身を呷ると少し噛んで水で流し込んだ。唇に残った水分を拭ってノロノロと黒い作業服を着始めた。緊急事態とは思えないほどのゆっくりした動き。急かした方が良いものか。少し考えてから俺はその辺の椅子を借りて食べかけのサンドイッチにかぶりついた。ナライ君に食べてからおいでと言われたことを思い出したのだ。ズボンを穿きながら松下がフッと小さく息を吐いた。 「いいねえ、大泉君」 「多分ミナトさんのカフェに松下さんの分もありますよ」 「それは後で食べる」と言ってから俺を見る。「そういう意味で言ったんじゃない。俺たちとの付き合い方がわかってきた感じがするなと思ったんだ」 「そうかも」  石森さんにも松下にも共通すること。それは、今を全力で生きることだ。明日死んでも後悔しないように今一番自分が納得できることをやる。だから石森さんは天然記念物かもしれないカモシカを撃ち殺したし、松下は八年前に死にかけた石森さんの頭を直したのだ。たとえそれが結果的には正しくなかったとしても、誰かにとっては不都合なことであったとしても。ナライ君は俺がこの後死んだ時に「サンドイッチ全部食べておけばよかったな」としょうもないことで後悔しないように「食べておいで」と言ってくれたのだと思う。
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