1 有能メイドは移動だなんて聞いていない

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「あの、レガリス様。幻聴が聴こえたようです。申し訳ございませんが、もう一度おっしゃっていただけますか?」 「おや、そうかい。ならもう一度言おう」  私は本日三度目に目にする、レガリス様のさわやかな笑顔で、二度目の悪夢を耳にした。 「イリス、君をマグヌス家に送ることになったのだ」  ――え? 「これは決定事項なんだ。急に伝えて、驚かせてしまってすまないね」  ――え?? 「これも、イリスを信用してのこと……。突然で驚いたでしょう、申し訳ないわ」 「……え?」  あまりにおどろいて、つい言葉を洩らしてしまった。 「あの、決定事項というのは……? マグヌス家に、私一人が移動するということでしょうか?」 「あら、呑み込みが早いこと。さすがイリスね」  ほほほ、と笑みを浮かべるレジーナ様はとても優美なのだけれど、私はまだなにも呑み込めておりません! 「レガシス様、レジーナ様。マグヌス家に私一人で行くというのはとても不安です。それに、まだマグヌス家についても何も知らないし、そこでの仕事とかも何もわからなくて――」 「あら、そうね。思えばなにも説明していなかったわ」  ポンと手を打ち、軽くだけれど、とお二人は説明をはじめてくださった。 「移動するのはイリス一人だ。こちらとしても、働き手を減らしたくないのでね」 「仕事内容はファイ家とさほど変わらないようです。マグヌス家の次期当主様の専属メイドになって、ここでのようなお仕事をすればいいだけですよ」  マグヌス家の次期当主……? それって、まさか……。 「レジーナ様。まさかですが、その次期当主というのは……」 「あら、ルナール・マグヌス様に決まっていますよ」  ――まさか、だった。  ルナール・マグヌス。マグヌス家の次期当主だが、なにかが気に入らないとすぐにプッツンしてしまう、暴れん坊らしい。私より年下らしいのだけれど、使用人をこき使って楽しむという、最低な男だという噂は有名だ。 「お二人とも、どうか考え直してくださいませんか。私はまだ未熟ですし、次期当主様の専属メイドなんて、そんな大役、勤められそうもありません……」  それに、ルナールの世話係なんて、したくないし! 期待を込めてレガリス様を見るが、フルフルと首を横に振られた。 「悪いがイリス。なのだ」  はっきりと言われ、絶望。目の前が真っ暗になるって、こういうことなんだろうな……。 「本人に確認もしましたし、早速準備をしてくださいな、イリス。明日の朝には出発しましょう」  レジーナ様の弾けんばかりの笑顔で、私の同意はとっていない大切な話、つまりは『私がマグヌス家へ移動させられる話』が終わった。
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