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***
――どうしよう。
応接間を出たのち、私はどんよりとした足取りで自室へ戻っていた。
「明日の朝出発するつもりのため、今日のうちに自分の荷物をまとめておくように」
と、レガリス様から言われたため、早急に部屋の整理と荷物まとめをしなければならないのだ。
「はぁ……。にしても、突然すぎるんだよなぁ」
「なにが?」
横からかわいらしい声がして、ひょっこりとセミロングの黒髪メイドが現れた。黄色い瞳がキラキラと輝く。
「やっほいほい! イリス!」
「ソル」
太陽のような彼女の笑顔に、どんよりとした心が晴れていくのがわかる。
ソルは、名をソーネチカ・トナという。ソーネチカだと長いから、みんな彼女を『ソル』と呼ぶ。ちなみに、私の推しである。ああかわいい。いつもかわいい。
余談だが、使用人たちの間で特に熱狂的なソルのファンたちのことを「ソル親衛隊」と呼んでいる。
「どうしたのさ、どんよりしちゃって。笑顔はいつでもウルトラマックス! でしょっ?」
シャキーン、という効果音――ソルが自分で言っている――とともに、右手を高くつきあげ、左手は自身の胸のあたりに持ってきている。
「……ソルはいつでもソルだね」
「あったり前っしょ! どんよりなんて、楽しくないよぉ?」
「ふふ、そうだね」
ふと、マグヌス家へ行ったら彼女には会えなくなるのではないかと思った。私はソルと話すのが好きだし、彼女のノリで一緒に騒ぐのも好きだ。
昨夜なんて、男女関係なく使用人がソルの自室で集まって、ソルの「れっつらお菓子パーリナイ!」という掛け声に合わせて、「フゥー!」とお菓子――個包装のものだ――を部屋中にばらまいた。もちろんばらまいたお菓子はすべて食べた。
ときどき突拍子もないことをする無鉄砲な一面もあるが、彼女はいつも明るく元気。そんなところがファイ夫妻に気に入られているようだ。
――でもソルなら、きっと。
ソルなら、私がマグヌス家に行っても、マグヌス家へ突っ込んでくるのではないかと思えてくる。きっとマグヌス家当主、ベスティア様の前で、自作の『ソネソネ☆チカッとダンス』を披露するのだ。
「んふふっ」
その姿がやすやすと想像できて、つい笑いが漏れてしまった。
「おぅ、どうしたイリス。笑い虫でも食べたのかい?」
「ふふ、んふふっ。ありがとう、ソル。ふふ。どんより、飛んで行っちゃったみたい。ふははっ!!」
「えへ、なんのなんの!」
ちょうど私の自室の前だったから、じゃあね、とソルに別れを告げて部屋に入る。
「さて……と」
腰に手を当て、散らかった部屋を見渡す。ソルに会ったことで、自分がエネルギーに満ちてきた気がする。
「私も、頑張りますか!」
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