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「すごい、ですね」
ファイ領にはなかった技術だ。その代わり、ファイ領には転移魔術を使う郵送手段があった。魔法陣の上に郵送物を置き、一か所に集め、そこから運んでいくのだ。
「イリス嬢には珍しいのでしょうな。これがマグヌス領での郵送です」
魔獣を見送って、ベスティア様は眩しそうに目を細める。
その姿を見て、私はほんのりと心が温かくなった。
「では、私はここで失礼いたします」
ご主人様二人にぺこりと頭を下げ、厨房へ戻る。
「ビビ、もど――」
「イリス!」
私が言い終わらないうちに、ビビが慌てたように言葉を重ねてきた。
「貴女ってば、ルナール様と何があったのよ!」
「何って……。あぁ、ご夕食のときに反応が冷たかったから?」
「そう! ルナール様のご機嫌があんなに悪いなんて、どうしてなの? ご夕食前に最後にルナール様とお話しした使用人はイリスだからなにかあったのかと……」
「それは……」
ビビになんて思われるだろうか。悪気はなかったと言えど、主人であるルナールを傷つけたのだから、嫌われやしないだろうか。そんな、恐れにも似た不安を抱きながら、ことの顛末を彼女に話す。
「そう、そんなことが……」
「うん……ねえビビ、ルナール様の母上様って、どんなお方なの?」
「それは、私もわからないの。私だけでなく、ほとんどの使用人は知らないと思うわ。ベスティア様もルナール様もお話してくださらないから」
「そうなの……」
「でも、これは言えるわ」
ビビは優しく微笑むと言った。
「この件に関しては、イリスはまったく悪くない」
だってそうでしょう?と、私の手を両手でやさしく包み込む。
「貴女は興味で聞いただけなの。正直にお話すれば、ルナール様もわかってくださるわ」
「そう、かな」
ええきっと、と笑うビビは、記憶に鮮明なガラス瓶の光のように眩しかった。
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