お姉さんの赤い傘

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しばらくして、運悪く、ごみ置き場のところで山本のおばちゃんがママを見つけて話しかけてきた。 「ちょっと! 聞いたわよ! あの話! 前澤さんの隣に住んでた人、殺人で捕まったらしいじゃない!」 「警察の人にもいろいろ聞かれましたけど、男の人のことは挨拶程度しか知らなくて。殺された女の人も時々家に来てたって聞いたんですけど、会ったこともなかったから」 「そうなの? でも身近で殺人なんて怖いわよねぇ」 「そうですね。私もそれを聞いて、実家に帰ることに決めました。自分の家の隣人が殺人犯だったなんて流石にキツいです」 「それがいいわよ。女の一人暮らしは危ないんだから」 「何が原因か知りませんけど、人ひとりの命を奪っておいて自分は普通に暮らそうなんて信じられません」 「週刊誌で読んだんだけど、殺された女性を所持品と一緒に山に埋めたのに、傘だけ埋め忘れて、後から捨てたのに、何度捨ててもその傘がまた家に戻って来てたらしいのよ!」 「怨念ってやつなんでしょうか……」 「その女の人、だいぶ男に貢がされてたみたいだからねぇ。前澤さんも、変な男に引っかからないように気をつけるのよ!」 「はい。ありがとうございます」 あの優しかったお姉さんが、死んじゃってたなんて…… 警察の人がママに「夜中に隣で怪しい物音がしませんでしたか?」って聞いていた。 でもママは「寝ていて気がつきませんでした」って答えていた。 ドンっていう音は雷じゃなかったんだ。 男とお姉さんが争ってた音だったんだ。 ママはお姉さんに会ったことがないって言ってたけど、僕はおしゃべりしたことがあった。 パン屋の前でママを待ってる時、お姉さんが僕を見つけて何度か声をかけてくれたんだ。 「ちゃんとママを待ってるんだ。えらいね」 雨上がりには、いつも手にあの赤い傘を持っていた。 僕がお姉さんの傘をじっと見ていたら、教えてくれた。 「この傘はね、彼からプレゼントしてもらった大切な傘なの」 引っ越しの日、ママのお父さんが手伝いに来た。 もくもくと荷物を運ぶママを見て、ママのお父さんは心配そうに言った。 「大丈夫か?」 「うん。でもしばらく一人暮らしはしたくないかな」 「まぁ、ゆっくりすればいいさ。ところで、コウのことだけど……」 「何?」 ママのお父さんは僕の前にしゃがむと言った。 「豆柴じゃなかったのか? これじゃあ普通の柴犬と同じサイズだ」 「あーそれねぇ。ちょっといろいろ食べさせすぎちゃったみたいで。大きく育っちゃった」 ママのお父さんは耳の後ろをかいてくれた。 「この首輪、大きすぎないか? これじゃあすぐにすり抜けてどっか行ってしまうぞ」 「そうなんだよね。もう2回も自分で抜いちゃって」 「コウ、新しい首輪買いに行こうな。かっこいいやつを買ってやる」 「本当、お父さんって犬好きだよね」 ママが笑った。 END
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