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「そんなに引っ張らないでくれ」
母から強引に手を引かれる。私なんかよりもよっぽど楽しみにしている様だった。
でもそんな母の姿を見て、私は思わず笑ってしまった。
*
「にっ、似合っているだろうか」
自分でも珍しく弱気に言葉を漏らしながら、ドレスで父の前に姿を現す。こんなに女性らしい格好を父に見せるなんて……それこそ子供の頃が最後ではないだろうか?
父から優しくされたことは一度もない……記憶している限りでは。父は私のことを次の長、山耳族を率いる存在にするため育ててきた。もちろん女らしいことなんてしていたら殴られる、教わったことができなくても同じ。
山耳族なんて本来は静かで温厚に生きている種族。それなのに父はあまりにも厳しかった。でも、そのおかげで私は真面目で勇ましくなれた……それが良いことかは未だに分かっていないが。
だからだろう、イアラのような男は珍しく見えた。私の知らなかった色々な世界のことを教えてくれる。同じ山耳族の男でも父とは全く違う生き方をしているのだ。
彼は私の中で眠っている好奇心をいつも突いてくる。こういう性格になったから、それに乗ることはないし今でもイアラのとる行動に心配はする。だが、その自由な生き方で良いのだ。何も気にせず私に未知の景色を見せてくれる、私のできないこと、できなかったことを体現しているイアラだから好きなのだ。
「ふん。ようやく人前に出せるほどの大人になったか」
父は私と同じ三白眼で睨みつけてくる。
結局、父はいつもと同じだ。結婚の儀式だろうが私のことをまだ認めていないらしい。
「ふふっ。エルリテ。あぁいう風に言っているけど、とても嬉しいのよ。伝統のドレスを着た姿も楽しみにしていたし、娘の立派に成長した姿を村人に見せられるって、昨日もあんまり眠れなかったそうよ」
母は満面の笑顔で父を見ている。それを向けられても父はなお威厳を保った表情で一つ咳払いをした。
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