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そうか、父は感情を表に出していないだけで本当は祝ってくれていたのか。父はいつもそうだ。口には出さないし、自分の中で全て話しを進めていく。私も大人とはいえ、この二人の間に生まれた娘なのだ。よくもまぁ反抗的に育たなかったのはこの母が父の気持ちと内面を理解して、私に伝えてくれるおかげだと実感する。
「俺の気持ちはどうでもいい。イアラはどうした。もう時期、陽も落ちるというのに」
「それがまだ帰っていないようだ」
「全くあのいい加減な男を婿に迎えなければならないとは。エルリテに近しい年齢の男がいないばかりに、仕方なく選ばれただけだというのに」
父はイアラのことをよく思っていない。
まったく違う性格の男なのだ、父にとってイアラは最も相性の悪い存在だと言ってもいい。
父の言うようにもうすぐ夜になる。何をするか、どこに行くかも言わずに出ていったせいで、本当に帰ってくるのか不安だ。またどこかで油を売っているのならそれでいいのだが、もし何か事件に巻き込まれたのだと思うと……。
儀式では私とイアラが主役なのだ。私が奴を信じずにどうする。絶対に帰ってくるし、始まる前から曇っていてはダメだ。
「待て、何か聞こえる」
父はそう言うと身構える。それだけで、この空間が緊張感に包まれる。
長い耳に手を当てても、私には聞こえてこない。しかし、父も母も険しい表情を見せている。
山耳族に他の種族と渡り合えるほどの戦闘能力はないが、その長い耳はかなり発達していて遠くの音でも拾える。
私にだけ聞こえていない。あの倒れた時から、私の力は薄れていっているのか? いかん、そんな不安に陥っている場合ではない。
私はすぐにでも逃げられるように構える。
「村人たちの悲鳴だ!! ここにも既に迫ってきている……」
父の言葉と同時か、私達のいる部屋の扉が衝撃音と共に壊される。白煙で姿が見えないが、確かに誰かがここへやってきたのだ。
「エルリテ!!」
叫びにも近い声が私の名前を呼んでいる。
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