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白煙が少しずつ晴れていくと、部屋の前に立っているのがボロボロな姿のイアラだと分かった。右腕をやられたのか、力無く垂れ下がっている。
「イアラ! どうした、何が起こっているのだ」
彼に駆け寄ると、すぐに身体を支えた。
よく見ると腕だけではなく、顔に傷はあるし、腰も怪我をしているようだ。酷く血を流していて、立っているのもやっとのよう。
応急手当をしなければ助からない。しかし、どうしたらいい。今そんなことをしている余裕はあるのか。もっと安全な場所へ運ばなければならない。
巡る思考回路はあまりに動揺していて、すぐに答えを見つけ出せないでいた。
「そんな顔すんなって……。なんとかまだ大丈夫だから」
こんな怪我を負っているのにイアラは笑ってみせる。その瞼の下は青ざめていた。
「これから俺の言うことを……よく聞け。村にはもう他種族が攻め込んできている。時間は無いから……逃げろ」
「戯言を。一族の長である俺が村を逃げて捨てるわけがなかろう。エルリテ、そいつは任せた」
父はそう言うと、すぐに喧騒のほうへと駆ける。
「逃げなさいエルリテ。このままイアラ君を放っておくと死んでしまう。お母さんもこんな時のために力を蓄えていたのよ。時間は稼ぐから遠くへ逃げて」
母はいつもとは違って真剣に満ちていたが、その手は確かに震えていた。それなのに、振り返ることもなく父の背中を追って走り出す。
「こんな時のために力を溜めていたのは私だって同じだ……。何故、私を置いていく……」
「そんなこと言ってる場合かよ……なーんて」
その刹那、私の全身に痺れるような感覚が巡る。
意識はハッキリしているのに、力無く倒れてしまう。
「イアラ……?」
「あぁ、ようやく二人きりになった。邪魔だったんだよね、あの二人。それにこの薬、本当に強力なんだな」
イアラの片手には注射器。私の体には全身を麻痺させる薬を注入されてしまったようだ。イアラに注目していれば、こんなもの避けられたはずなのに……。
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