第一章

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 山耳族の住んでいる場所には禁断の果実が宿る。それを守り、そして他種族の侵入を許さないために守り人が必要だと。それこそ村の長である父や、娘の私が見回りをしてその任務を全うしている。  だが、こんなにも近くに侵入者はいた。それも自分の夫になるはずだった男が、一番信頼していた者が他種族だったなんて……。 「安心してくれエルリテ。愛していたのは本当だ」 「私だって愛している。初めて異性を好いた。それがお前だというのに……!」 「引き取り手は用意してある」 「まさか……私が倒れた時に心配してくれていたのは……」  イアラはまた口角を上げて笑った。今はもうその笑みが不気味にしか見えない。 「もちろん、お前の体が心配だったから。綺麗な状態じゃないと高値が付かないだろ?」  どこまでもクズだ。何故、こんな奴を好いてしまったのだ。  少しでも信じていた。イアラも私のことを好いてくれていたのではないかと。いつも優しくしてくれる、色々なことを教えてくれる、私の知らないことを話してくれる……それは全て本心とは別だったというのか?  私の中で様々な感情と想いが音を立てて崩れていく。 「そう睨み付けるなって。それにエルリテが悪いんだ。いつまで経っても禁断の果実のことを話してくれないからさ」 「本当に知らないのだ……!」 「まぁ、いいや。どっちにしろ山耳族を売り払った後に山を探索するからさ。いつも親父さんや、エルリテが山中を見張ってるから自由に動けなかったんだよね」  今すぐにでもそのにやけた顔をぶん殴ってやりたかった。でも、どんなに身体に力を入れようとしても麻痺しているせいで動くことは叶わない。 「おや、これが山耳族の女性ですか」  もう一つの声が建物内に響く。 「いたっ……!」  私は髪を引っ張られ、強制的に顔を上げられる。  物色するように私を見てくるのは、深紅の蛇目で病的にまで色白い男だった。彼の着ている白いスーツはどこか血が滲んでいて、その微かな香りが鼻に届く。 「そう怖い顔をしないでください。僕はヴィレンス・クエル。アナタの買い手です」  男は私を安心させるためかニッコリと笑う。しかし、それを見て背筋が凍った。私の勘だろうか、それとも山耳族の危機察知が働いたのか……間違いなくこの男は危険だ。  丁寧な言葉遣い、この胡散臭い笑顔……彼の瞳は全くと言っていいほど笑っていなかった。
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