第二章

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「これはアナタの吐瀉物を僕に後片付けさせたぶん」 「そっ、そんな……」 「期待はしていなかったのですが、血液の色は赤と普通ですね」  骨折したのかまでは分からないが鼻での呼吸がしづらい、鼻血が止まらない。 「これからは耐久テストをしながら、山耳族のことについて聞いていくことにします。この一発はまだ優しいほうですよ?」 「知らないものは知らない……」 「その堅い口をこじ開けるまで、どれ程の時間を要するか。まぁ、いいでしょう。今日は最初ですしこの辺で」  私に恐怖を植え付けるにはそのたった一発で充分だった。まだ涙の止まらない私の髪を雑に鷲掴みし、ヴィレンスは顔を近付ける。 「おやすみなさい、お人形ちゃん」  彼は晴れやかに笑う。しかし、その蛇目に光はないままだった。  彼の瞳に背中がゾッとして体が震える。最初に会った時からそうだ、この男には勝てない。もし逃げ出せたとしても、すぐに捕まえられてしまう。彼は本当の意味での狩を知っている。  他種族との本気で戦ったこともない、食事を確保するためだけの狩をしてきた私とは格が違う。  山耳族の守り手として、戦士として、厳しく育てられたつもりだったが私はよほど弱い存在だと気付かされた。   *  一睡もできなかった。  鼻がまだじんじんと痛む。部屋の熱気がその息苦しさに拍車をかける。まるでこのまま蒸し焼きにでもされるのではないかと思ってしまうほどこの部屋は居づらい。  カラカラに喉が渇く。しかし、手足が拘束されているために探しに行くこともできない。  このまま私はどうなるのだろうか。奴は言っていた……まだ優しいほうと。ならばこれからどんな酷い目に遭うのか、拷問を受けることになるのか……思わず奥歯を噛み締める。  そして、今になって思い出す。あの湖で出会った人間の男の言葉。  「ここは狙われている」と確かに言っていた。あの男は禁断の果実を知っていて、こうなることを予測していたのだろうか。だとすれば、私は馬鹿だ。人間だからといって奴の言葉を信じようとしなかった。もし信じていれば、対策を組んでもっとこの襲撃に備えることができたというのに。
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