第二章

8/28

6人が本棚に入れています
本棚に追加
/83ページ
「そうですか。ではもう一度聞きますが、アナタは山耳族を救うために自分を犠牲に差し出せますか?」 「出せる……」  やせ我慢をしながら、奴の目をハッキリと見て問いに返す。  ヴィレンスは満足したのか、不機嫌な形相から一転して不敵な笑みを浮かべる。 「ではこのグラスの一杯を飲み干してください」  もう半ば諦観している状況下で、私は奴の条件を飲む。 「口を開けて顔を上げてください」  言われるがまま天井の方を向く。  グラスが唇に触れると、生暖かい液体が口内に広がる。見た目よりもドロッとしているせいで喉を通らない。鉄分の風味が吐き気を催す。  こんなもの、飲めたものではない。脳は拒み、体もそれを受け付けない。そうしているうちに口の中が血液でいっぱいになる。喉を通らない、飲み込みたくない。我慢していたはずなのに涙が溢れる。  ゆっくりと、ゆっくりとだが飲み込んでいく。喉を通るたびに嗚咽が走り、自分の中身が他の異物と混ざり合っている感触が伝わってくる。 「よくできました」  ヴィレンスは私の姿を見て何を思っているのだろうか。  今の私はただ惨めで、強がっているに過ぎない無抵抗な女だ。  胃の中が気持ち悪い。今までにない温もりを直に感じると、ついに吐き出してしまう。吐瀉物には今飲んだばかりの血液も混ざっている。  胃液の酸っぱい臭いと、血液の鉄の臭い、空気の湿り気が混ざり合う。それが鼻孔に届くと、私はまた吐き気が込み上げてきて、我慢できずに嘔吐してしまう。 「これでは飲ませた意味がありませんね」 「はぁ……はぁ……」 「まだ潤いが足りないようですね。罰を与えなければ」 「んっ……!!」  今度はグラスではなく、ボトルの口を直接突っ込まれる。勢いも量も違う、飲み込まずに頬に溜めようとしても次から次に注ぎ込まれるせいで次第に激痛が走る。 「このままでは頬が破けてしまいますよ?」  頭では理解しているが、どうしても受け付けない。一度飲んだからといって慣れるものではない。  終わらない血の味が無限のように広がる。妙な生暖かさがいつまでも感触として残り続ける。
/83ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加