第二章

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 今飲んだばかりの血液が胃の中で混ざり合い、出口を求めて逆流している。私はそれを口から漏らさないように必死に塞き止めて飲み込んだ。混ざり合ったそれはもはや鉄の味よりも、苦味と酸味の混ざったような酷いものだった。  昨夜と同じで吐瀉物の掃除をさせてしまった……これのせいで殴られたのだ。  ここで出してしまったら……その状態で奴が部屋に入ってきたら、ただの暴力だけでは済まないだろう。  鼻も腹部もこれまでに経験したことないほど痛い。おまけに胃の辺りが味わったことのない感触で気分が悪い。  昨夜眠れていないこともあってか、もしくは悶え苦しんでいるせいか、次第に意識が薄くなり瞼が重くなる。  もし、このまま眠ってしまって、起きた時には夢でした……それだったらどれだけ嬉しいことか……。   *  一週間もすると、ただ頭がおかしくなりそうだった。  まず、手足は拘束されたままで姿勢も変わらない。自分の意志で動かせる行為とすれば顔を上げてグラスの血液を飲み干すその時ぐらいだ。  毎朝それをしているのだが血液に慣れるわけもなく、唇に生暖かい血が触れるだけで初回のことを思い出し反射的に嘔吐してしまう。その度に暴行を受けるが、もはや諦観のほうが勝っている。最初ほど大きな反応を示すことはなくなった。それとも一週間も極度の緊張感に触れていると、感覚が麻痺してしまうのだろうか?  おかげで結婚の儀式の際に母から譲り受けた深緑のドレスは、すっかり赤黒く滲んで様変わりした。元の色と相まって、黒ずんでいるようで日に日にそれが増している。  とにかく、最初ほど自分が助かろうとは思わなくなった。  その代わり、一つの希望が私を生かしてくれている。それはヴィレンスの言っていた、山耳族を救いたいかという発言。私が我慢をすれば山耳族は救われるということだ。一つの命よりも、多が救われるのならば血液を飲むことも暴力にも耐えることができる。  私は山耳族の守り手だ。父がそうしたように、私も山耳族のために尽力すべきなのだ。  父、母はまだ戦っているのだろうか? それとも争いは終わり既に村は平和になっているのだろうか? いや、平和であってくれ。  そのようなことを繰り返し頭の中で願う。無抵抗な状態で、ただそれだけを想う日々に私の希望はどこか壊れかけてきている。 「水……浴びたいな……」
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