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いや、元を辿ればすぐに帰ってくる予定だったのだ。それなのに想定外の存在。そもそも私は人間を数えるほどしか見たことがないし話したこともない。だからこそ、男の言っていた言葉をそう簡単に咀嚼できないのだ。
それに人間はどうせ他種族を見下している。そんな連中のことなんて信用できない。
「しかし……酷いクマだ」
充分に体も温まったところで自分の顔を鏡で見る。ただでさえキリッとした三白眼なのに、クマのせいで余計にきつく見える。右耳にしている果実の形をした鈍色のピアスを外すと、更に目つきが悪いように見える。少しでも印象が良くなればと思いずっとつけているが、あまり意味があるようには思えない。
首元まで伸びたグレージュの髪はもう乾いているはずなのに、まだ水分を含んでいるようで今の気持ちを表しているようだ。
「エルリテいるかい?」
「まっ、待て……」
ノックと同時に扉の方から声が聞こえてくる。そして、私の返事を遮るようにして彼は部屋にやってくる。
「あっ、もしかして着替え中だった?」
着替えている途中のあられもない姿を見られてしまう。
そして、彼はまるで謝る素振りも見せない声色で言う。今すぐにでもその顔面に拳の一発でも入れたいところだが、今は自分の恥ずかしい姿を隠したかった。
「いつも言っているだろう。返事を待てと」
「ごめん。分かっているつもりなんだけど癖で」
彼は白い歯を見せて、にっこりとする。今の私とはまるで真逆の表情。しかしこの笑顔を見ていると怒りよりも、もはや諦めが来るようになった。
「それより裸の一つぐらい別にいいじゃん。もうすぐ結婚するんだし。それに、もう何度も見たよ」
イアラ・ラライア。彼の言うように、数日もすれば彼と夫婦になる。
彼とは幼馴染……とはまた別だが、気付いた時にはいつも一緒にいた。何かと顔を合わせることが多く、その度に話をして仲良くなった。もはや昔のことすぎて出会いがどうだったか忘れてしまったが、とにかく長い付き合いだ。
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