第三章

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「分かっている。ラヴァルはあのホルドという男に比べて異種族を受け入れている、勉強熱心なことはあのレシピを見れば伝わる。だから、あそこまで欲望を引き出してしまう果実が許せないということも」 「エルリテ……改めて力を貸してくれ。今度こそお前を傷つけさせないように盾になる」  私はヴィレンスのその力強く大きな手を握る。  この男は朴念仁で馬鹿みたいに真面目な人間。でも、山耳族である私を地獄から救い出して、またしても体を張って守ってくれた。それに、美味い手料理も振る舞ってくれた。  はなから私はこの男と共に行くことを決めている。それに、この男であれば世界を変えられる……少なくとも禁断の果実の魅力に溺れている者よりも遥かに信頼できる。  ラヴァルの見えない景色があるのなら、私はこの男の右目になろう。 「ラヴァル……これが私の答えだ」  私はラヴァルに顔を近付ける。彼の漆黒の左目に吸い込まれるように目が合う。唇が重なり合うと目を閉じる。温かくも、冷たくもない感触がどこか心地良い。  口付けを交わす……すると、私の脳には大量の記憶が雪崩れ込んでくる。それは今まで保護されていたのか封印されていたのか、私の意志では思い出すことのできなかったもの。何かを思い出そうとする度に頭痛がしたり、気絶してしまったり、体調を悪くしたり……まるで治ることのない腫物が邪魔をしているようだった。  でも、そんな呪いからもようやく解放された。自由になった私の記憶は、靄によって曖昧になっていたものを晴らし鮮明に色をつけていく。  そうか、私はこの男……ラヴァル・フォビと出会っていたのだな。それも私がかなり幼い頃だ。  豪雨の降る山頂に迷い込んだ少年は重傷を負っていた。ただ転んだ……というだけでは説明ができないほどの傷。少年はボロボロの姿で今にでも死に絶えそうな様子で重苦しい一歩を進んでいく。  少年が最後に辿り着いたのは山頂の大樹。禁断の果実が成る場所。  まだ幼い私は父の教えから逃げるためによく大樹へ行っていた。雨にも関わらずその日も訓練を抜けだして大樹へと向かった。  そこでたまたま倒れ込んでいる少年を見かけた。耳の長くない、おかしな種族。でも、その少年は今にでも死にそうなことだけは伝わってくる。  そんな苦しそうな姿を見た私はいてもたってもいられずに大樹を駆ける。  高い所まで登れない私は大樹の絡み合った根の間で何かないか探す。すると見たこともない鈍色と金色の混ざったような複雑な色合いの果実が一つだけ存在していた。目を奪われた。これならなんとかなるかも、子供ながらの根拠のない自信が私の心を動かした。
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