第三章

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「あの日、山へ行くと奥地で異種族の子供が人間に暴力を振るわれていた。それを庇うために中間に入ったが、その時に右目をやられた。その後、自分の命が助かるために必死に逃げた。そして辿り着いたのが大樹の前。そこで力尽きたと思っていたが、意識を取り戻し俺は生きていた。そして俺よりも幼い一人の少女が隣で倒れていた」 「そんな鮮明に……」 「果実を食べる前に付けられた傷だったからか、右目は治らなかった。だが、俺は命を救われた」 「本当にすまない……。禁断の果実の話は聞かされていたが、その時の私は何がその果実かを知らなかった。だが今ならば分かる……とんでもないことをしたと……」  あぁ、全部知っていた。知っていたのか……。  私は自分の情緒が分からない。今度は涙が勝手に零れ始める。止めたいのに、次から次に流れ頬を伝う。忙しなく変わる感情の波に、もはや私は自分を制御できないでいる。  真実を伝えてよかったのか、それとも言ってしまったという後悔なのか、ただ自分が嫌われてしまったのではないかという不安とで複雑に入り混じる。 「謝るな。俺は果実を食べたことを一度も後悔したことはない。果実の魅力に狂うことなく、こうして山耳族と手を取り合っている。むしろ感謝している」 「うあっ……」  ラヴァルは私を抱き寄せる。その身体は騎士に似合ったたくましい体つきで、私は簡単に包まれてしまう。  丁度ラヴァルの胸の辺りに顔があるからか、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。その音はゆったりと力強く、生きていることを主張している様だった。  禁断の果実を食す方法で助けた。それが本当に正しいことだったかは今も分からない。でも目の前にある男はそれでも私に感謝した。  安心と不安が混ざり合い私は彼の胸の中、子供のように泣いた。  巡る思考、感情はいつまでも私を悩ます。でも今だけは、彼が感謝しているという言葉をそのままの意味で受け取ろう。
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