最終章

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  * 「だいぶ回復してきたし痛みも引いたが……完治までは程遠いな」  しばらくの間、ラヴァルの家から出ることなく怪我の治癒に勤しんだ。  ようやく包帯も外せたが、左目には戦斧で斬られた時の痕が痛々しく残っている。触れても痛みは感じないが、右目だけでしか世界が見えていないことに違和感。  ここまで回復して改めて治癒能力には驚かされる。この切り刻まれた体でさえ治ったのだ、今は閉じている左眼だがいつかは開いてくれるだろう。  ラヴァルに聞いてみたことがある。何故、右目に眼帯をしないのかと。すると奴は「眼帯は感覚を鈍らせる」と理由を述べていたが、場数を踏んできた騎士が言うのならそうなのだろう。それに倣い私も眼帯をするつもりはない。  家屋で何もしないのがあまりに退屈すぎて、ラヴァルには力をつけるためのメニューを考えさせた。様々な種類のトレーニングが書かれたノートを手渡され、私はそれを繰り返すような日々を過す。流石に騎士の家というべきか、奴の趣味なのか……筋力に負荷をかけるための道具は沢山あった。  おかげで多少は力を取り戻せたはずだ。街で襲われたあの時よりは体力が増えたと思いたいが……自信は無い。 「エルリテ。そろそろこの家を出るぞ」  いつにも増して緊張感のある表情でラヴァルが言う。その雰囲気から奴の言いたいことが伝わってきた。  街で騒ぎを起こしてホルドに危害を加えた。私が回復に専念している間に、ホルドも同じように怪我を治していたと考えられる。奴は自分のことをさすらいの騎士なんてほざいていたが、もし本当は騎士団の者だった場合どうなる?  同じ騎士であるラヴァルの居場所も知っているはず。山耳族を匿った、異種族を守っている人間なんてことを告げられていたら……裏切り者として追われてもおかしくない。 「わかった。そのために準備はしてあったのだろう?」 「当然だ。お前がこれを扱えるか分からない。だが、身を守るために渡しておく」  ラヴァルは鞘に収められた短剣を手渡す。鞘の柄には山耳族の紋章が入っており、おそらくラヴァルが私のために頼んでおいてくれたのだろう。本当に奴の異種族への知識は驚かされる。まったく、嬉しいことをしてくれるではないか。  山耳族はラヴァルの扱っているような剣は使わずに、携帯して身軽に扱える短剣を好んで持ち歩いている。だから、私にとってはありがたい代物だ。  街では武器を持っておらず反撃ができなかった。でも短剣であれば使い慣れているし、私も少しは戦力になれる。 「もうこの家には戻ってこないのだろう? 忘れ物はないのか」 「ない。俺が書き記したノートは荷物に入れている」 「そうか。私も残していくような物はない。いつでも出られる」  私は果実のピアスを触り、右耳にしっかり身に付いていることを確認する。果実を食した罪人のアクセサリー。今からその罪を償うため大樹のもとへ行く。  山頂に戻るのも随分と久し振りだ。山耳族の村が滅んだ今どのようになっているのか。以前の自然に包まれた景色はもはや見られないのかもしれない。もうあんな思いはしたくないし、こんな物が存在しているから悲しみが訪れる。  ならば禁忌を犯した者として、その責任を果たさなければならない。
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