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「だいぶ回復してきたし痛みも引いたが……完治までは程遠いな」
しばらくの間、ラヴァルの家から出ることなく怪我の治癒に勤しんだ。
ようやく包帯も外せたが、左目には戦斧で斬られた時の痕が痛々しく残っている。触れても痛みは感じないが、右目だけでしか世界が見えていないことに違和感。
ここまで回復して改めて治癒能力には驚かされる。この切り刻まれた体でさえ治ったのだ、今は閉じている左眼だがいつかは開いてくれるだろう。
ラヴァルに聞いてみたことがある。何故、右目に眼帯をしないのかと。すると奴は「眼帯は感覚を鈍らせる」と理由を述べていたが、場数を踏んできた騎士が言うのならそうなのだろう。それに倣い私も眼帯をするつもりはない。
家屋で何もしないのがあまりに退屈すぎて、ラヴァルには力をつけるためのメニューを考えさせた。様々な種類のトレーニングが書かれたノートを手渡され、私はそれを繰り返すような日々を過す。流石に騎士の家というべきか、奴の趣味なのか……筋力に負荷をかけるための道具は沢山あった。
おかげで多少は力を取り戻せたはずだ。街で襲われたあの時よりは体力が増えたと思いたいが……自信は無い。
「エルリテ。そろそろこの家を出るぞ」
いつにも増して緊張感のある表情でラヴァルが言う。その雰囲気から奴の言いたいことが伝わってきた。
街で騒ぎを起こしてホルドに危害を加えた。私が回復に専念している間に、ホルドも同じように怪我を治していたと考えられる。奴は自分のことをさすらいの騎士なんてほざいていたが、もし本当は騎士団の者だった場合どうなる?
同じ騎士であるラヴァルの居場所も知っているはず。山耳族を匿った、異種族を守っている人間なんてことを告げられていたら……裏切り者として追われてもおかしくない。
「わかった。そのために準備はしてあったのだろう?」
「当然だ。お前がこれを扱えるか分からない。だが、身を守るために渡しておく」
ラヴァルは鞘に収められた短剣を手渡す。鞘の柄には山耳族の紋章が入っており、おそらくラヴァルが私のために頼んでおいてくれたのだろう。本当に奴の異種族への知識は驚かされる。まったく、嬉しいことをしてくれるではないか。
山耳族はラヴァルの扱っているような剣は使わずに、携帯して身軽に扱える短剣を好んで持ち歩いている。だから、私にとってはありがたい代物だ。
街では武器を持っておらず反撃ができなかった。でも短剣であれば使い慣れているし、私も少しは戦力になれる。
「もうこの家には戻ってこないのだろう? 忘れ物はないのか」
「ない。俺が書き記したノートは荷物に入れている」
「そうか。私も残していくような物はない。いつでも出られる」
私は果実のピアスを触り、右耳にしっかり身に付いていることを確認する。果実を食した罪人のアクセサリー。今からその罪を償うため大樹のもとへ行く。
山頂に戻るのも随分と久し振りだ。山耳族の村が滅んだ今どのようになっているのか。以前の自然に包まれた景色はもはや見られないのかもしれない。もうあんな思いはしたくないし、こんな物が存在しているから悲しみが訪れる。
ならば禁忌を犯した者として、その責任を果たさなければならない。
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