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山の真正面からは入っていかない。行くとすれば裏側。その道は険しくて歩くのさえ苦労するような道だが、私は慣れているしラヴァルとて何度もこの山に来ているのであれば進み方を知っているはずだ。
案の定、こちら側は気配がない。それもそのはずだ、こんな夜の山でわざわざ危険な道を選ぶ者などいない。
私達は息を合わせるようにして走り出す。ここまで来てしまえば山頂までそう時間は掛からない。むしろ歩みを止めてしまえばかえって危険。私達はここまで数日間は歩きっぱなしだが、そんなことも構わずに駆ける。
こんな短期間で体力を戻せたのはラヴァルのおかげだ。ここまで効果が出るとは思はなかったし感謝せねばならん。
山中を駆けるのは随分と久し振りだ。やはりどれだけ離れていても長年生活してきた私にとってこの山が世界の全てと言ってもいいほど、迷いなく道を進める。静寂とは程遠いような場所に様変わりしているが、根本的には同じ。空気は美味いし、自然と一体しているようなこの感覚が嬉しい。人間の街で味わった圧迫、緊張感とは比べ物にならない。
私は自分が山耳族だということを再認識し、改めてこの喧騒を止めたいと強く思う。山耳族は私一人だけだが、何にも巻き込まれていなければ今頃は子供が生まれ育てていただろうか? 子供に守り手としての仕事を教えて、いずれは一緒に村のために山を駆けるような生活をしていただろうか? それは泡沫のように散った、たらればの話。今はそんなことを悔やんでいる場合ではないが、少しだけそう思ってしまう。
結構な時間は走り続けた。お互いに会話もしない、ただひた向きに進む。そのおかげもあってか山頂には着きそうだが……私の足は止まってしまった。
「どうした」
ラヴァルもすぐに立ち止まり私に近寄る。私はこの先にある場所が山耳族の村だと知っている。何度も通った道だから……思い出してしまう。失ってしまった者のことを。
この村には長をやっている厳しい父と、それを支える優しい母がいた。でも、二人は私の目の前で拷問を受けてその命を落とした。あの時の二人の表情が、残酷な姿が目に焼きついていつまでも忘れることができない。
「すまない。足を止めている場合ではないな」
「無理もない」
「私はこの先の現実を見なければならない。それを受け入れる覚悟をするために立ち止まってしまった」
すると、ラヴァルは何も言わずに私の手を握る。その優しくて大きな手が私の心を落ち着かせるようだった。
「俺が傍にいる」
「……そうだな。ラヴァルがいれば安心だな」
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