一章 偽りの聖女

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「ロゼリア」  ジルベールに名を呼ばれ、ロゼリアは居ずまいを正した。久しぶりに名前を呼ばれたなと思いつつ、ロゼリアは「はい」と努めて平静を装って返事をした。 「お前にアニエスの代わりにブリクスト王国へ行ってもらう」 「しかしお父様、彼国の方々に見破られないでしょうか」  至極まっとうな問いをするロゼリアの前に、ジルベールは聖女の証であるペンダントを突き出した。それは祖母ロゼッタのものだった。 「これを付けていれば見破られまい。聖女の所作は、アニエスの傍で見ていたのだからわかるだろう」 「…はい」  どうあがいても私は魔族の巣食う場所へ行かされるのだ。ロゼリアは暗澹たる心持で、ジルベール達に見られないようにこそりと嘆息した。 「もしも彼国のさる御方を治癒できないと分かれば、どうなってしまうのでしょう」 「こちらは望み通り聖女を送ったのだ。文句を言われても困ると返すだけだ」 「…治癒できないと分かった時、私の処遇はどうなるのでしょうか」  せめて助けに行くと言って下されば…。ロゼリアは淡い希望を秘めて父親を見つめた。ジルベールはそんな娘を苦虫を噛み潰した表情で見ながら、「まだ生きていたのなら、その時考える」と平坦な声で返した。  ふっと世界が暗転するような気がして、ロゼリアは強く瞼を閉じた。シャルロットの耳障りな甲高い笑い声がする。その隣からアニエスの柔らかな笑い声も聞こえてきた。そんな二人にジルベールが温かな声で、「お前達を悲しませるわけないだろう」と言葉をかけている。 ———私は、生きることも望まれていないんだ  ロゼリアは父から受け取ったペンダントをぎゅっと握りしめた。 ———おばあ様  唯一ロゼリアを愛してくれた祖母のペンダント。これだけが冷え切った世界で温かさをもっていた。
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