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とにかくあの魔物から逃げることだけを考え、ロゼリアは走り続ける。と、ぽつんと肩に何かが当たった。空を見上げると、濃い灰色の雲から大粒の雨が落ちてくる。ロゼリアはハッとして後ろを振り向いた。そこには目に怒りを湛えた魔物が、こちら目掛けて峻烈に駆けてくる姿があった。どうやら雨で臭いが薄まり、すぐに態勢を立て直せたようだ。
「うそ」
まさか魔族の国に入る前に、こんな所で魔物に殺されてしまうなんて。ロゼリアの足から力が抜け、地面に座り込んでしまった。早く逃げなければとわかっているが、体が動いてくれない。魔物はすぐそこまで来ていた。魔物が大きく口を開ける。その中で赤黒い舌が踊っていた。鋭い牙にはどろりとした唾液が垂れ下がる。
徐々に近づいてくる魔物を、ロゼリアは呆然と見つめていた。
———おばあ様
ロゼリアは胸元のペンダントを握りしめ、ぎゅっと目を瞑った。
———おばあ様、どうか助けて下さい
心の内で強く祈る。身を強張らせ、ただ一心に祖母に願い続けた。と、ふいに風を切る音が聞こえた。と同時に飛沫が顔や体に当たる。ロゼリアは顔に当たった飛沫を手で拭い、恐々と目を開けた。
強く瞼を閉じていたせいか、しばらく視界がぼやけていた。そんな視界の中、何か黒い影が目の前に立っているような気がした。だんだんと視界がはっきりするにつれ、その影の姿が鮮明になる。
「聖女様でお間違いないですか」
言い方は丁寧だが、面倒くさそうな気配を漂わせ、目の前に立つ若い男が尋ねてきた。ロゼリアは反射的に頷く。
「お迎えに上がりました」
黒の甲冑に緋色のマントを纏った男はそう言って、座り込んでいるロゼリアに手を差し出した。ロゼリアがその手を掴むと、思いのほか優しく立ち上がらせてくれた。
「お怪我はございませんか」
尋ねながら男はロゼリアに外傷がないか、ざっと全身に目を配った。
「だ、大丈夫です。あの、さっきの魔物は…」
ロゼリアが聞くと男は「ああ、あれなら」と言いながら、半身を捻った。
「あ…」
男の後ろには頭のてっぺんから股下まで真っ二つになり、地面に倒れ伏した魔物の姿があった。
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