わたしの心臓をあげる(改訂版)

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 ピアノ科の友人のアヤはため息をつく。  これぐらいで感心しているのなら、ライバルたちより頭一つも二つも飛び抜けることはできないのではないか。  まだ、情熱が足りない。  まだ、練習し足りない。  わたしは歌い、走り、柔軟し、食事に気をつける。  自分を極限まで追い詰めるまで鍛錬するのが嫌じゃないのは、わたしの核に姉の心臓があるからなのだろう。  そして、大学生活三年目に研修生に選ばれた。  わたしに運だけは、あるのかもしれなかった。  アフロの男を目印に、列の最後尾から宇宙船のタラップを進む。  大勢のファンが集まっていた。ファンのひとりが伸ばした手が背後からわたしをつかみ引っ張った。  声を上げる間もなく後ろに引き倒されそうになる。とっさに黒服が割り込み、わたしを抱きしめた。  顔をあげるとわたしを覗き込むサングラスの奥の眼がわたしと絡んだ。普段は真一文字の口元がかすかに緩んだような気がした。ボディーガードは顔を寄せわたしにささやいた。 「……花、大丈夫か?くそっ、研修生の君まで襲おうとするなんて。俺が守ってやる」  姉の前では猫をかぶっていたのか、ジョウは口が悪い。 「……一生?」 「はあ?そうだな、このままスターになるなら、俺を専属にすることもできるだろうよ。そうならばどんな状況でも、守ってやれる」  死ぬまでという言葉をジョウは避けた。  強い腕がわたしをその胸に納める。男の息づかいと力強さが伝わってくる。  アヤがテレビ画面の向こうで、「スター未満のただの研修生にしては、やるじゃない」と目を丸している姿がふと目に浮かぶ。  周囲の喧騒が一瞬で遠のいた。  心臓がこれ以上ないというほど高鳴っている。  姉の心臓が愛する男との再会に歓喜しているのだ。  だけどわたしは姉とは違う。  わたしは、肩を並べ共に戦うことを選ばない。  わたしは、愛する男に抱きしめられ守られたいのだ。  だから、唯一才能があるとジョウと姉が褒めてくれた歌声を磨いてスターになり、ジョウをわたしの専属にする。  もし危険な星間の往還で事故に巻き込まれるのなら共に最期を迎えたい。  その夢をかなえるにはもっともっと努力が必要だった。  そうだね、と心臓がどくんと賛同を示した。  わたしの心臓をあげる 完
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