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堀内はその場で全員に謝罪(特に呪いの対象者だった麗音には何度も頭を下げていた)して帰って行った。
残った五人で井の頭恩賜公園まで移動する。まだ知り得ていないことを話すためだ。
広い池を目の前にして、狩矢が無人のベンチに手足を組んで座った。その隣に唐辛子を齧っている杏菜が座り、横木の柵の近くに飛鳥と麗音が並んで立つ。俺は狩矢の隣に立ちっぱなしだ。
それぞれの居場所に落ち着いて早々に、麗音が飛鳥に言った。
「飛鳥。その“消しゴムの呪物”をくれた男はどんな奴だったんだ?」
飛鳥は麗音の顔を見れないのか、視線を足元に落としたまま口を開く。
「…赤髪に作務衣を着てて、黒いカラーレンズの丸眼鏡をしてたな。丁寧な敬語で話しかけてきて、一人称が“私”だった」
俺が過去に狩矢から聞いた“赤髪の男”の特徴と一緒だ。
実はまだ、俺はその男に会ったことがない。
幼なじみの狩矢なら連絡を取り合ったり直接会ったりしているだろうと思っていたが、狩矢は「高校を卒業してからは一度も会ってないし連絡も取り合ってないよ」とさらっと答えた。「喧嘩別れでもしたのか?」と訊いても、狩矢は薄く笑っただけで理由を話してはくれなかった。
「あいつ、元気そうだった?」
狩矢が飛鳥に言った。飛鳥は目の前にいる狩矢を見てうなずく。「それなら良かった」と狩矢は嬉しそうに笑った。
「さっきも言ったように、その男はオレの幼なじみだよ。名前は風上勇利。勇利には『呪物を作り出す力』があるんだ。例えば人形やぬいぐるみ、本やスマホなんかの物体に勇利が触れて念じるだけで、それらは人を呪い殺す呪物に変化してしまう」
「マジ?」と呟いた麗音が驚いた顔をして狩矢に言う。
「触れて念じたらなんでも呪物化するんですか? 車とか、あそこにあるボートなんかも?」
麗音はそう言って、池の隅にずらりと並べられているスワンボートを指差した。
狩矢はにこっと笑ってうなずく。
「もちろん」
「す、すげぇ…」
「けど、勇利は何でもかんでも呪物化させることはしないよ。基本的には小物を選んでいるね。呪物化させるにも体力と気力をけっこう削られるらしいから」
「すげぇけど、やっぱ怖い力ですね…」
麗音は苦笑いした。
確かに怖い力だと思う。無闇矢鱈に使用されたらあちこちで呪物が量産されてしまう。想像しただけでも恐ろしい。
「加えて、勇利の作った呪物に触れた人間は取り憑かれたように人を呪い殺したくなるからね。身近にいる嫌いな人や、長年の恨みがある相手なんかがその対象になる」
狩矢は嫌がらせのようにニコニコ笑顔で麗音を見ている。麗音は苦い顔をして肩をすくめた。
狩矢がズボンのポケットからあの消しゴムを取り出し、指先で弄りながら続きを話す。
「そしてオレには『呪物の効力をなくす力』がある。勇利の呪物にオレが直接触れることで呪いの効力がなくなるんだよ」
「さっき見た白い光…あれが狩矢さんの力なんですね」
麗音は思い出すように呟いた。狩矢は消しゴムを軽く宙に投げながらキャッチを繰り返す。
「オレには“呪物の匂い”がわかるんだ。その匂いで呪物が近くにあることに気付けるんだよ」
軽やかな口調で言う。
「呪物に触れたことがある人間や“呪物に侵された人間”からも同じ匂いがするね」
「じゃあ俺と飛鳥と、あと先輩からもその匂いがしていたってことですか?」
「そういうこと。喫茶店で君たちから“呪物の匂い”がすることに気づいたから声をかけたんだよ」
麗音は感心したように「へぇ」と声を上げた。
すると、ずっと黙っていた杏菜が急に口を開いた。
「その呪物を作る親玉をどうにかしないと、同じことがずっと繰り返されるってことでしょう? 貴方の幼なじみなら、なんとかやめさせられないんですか?」
…ああ、狩矢に出会った頃の俺と同じことを言ってるな。
俺はぼんやり思った。
杏菜が狩矢をじっと見ている。
狩矢は隣に座る杏菜に視線を向けると、緩い笑みを浮かべて答えた。
「これは呪物を使ったオレと勇利の“遊び”なんだよ」
「…遊び?」
「そう。オレたちはその“遊び”をまだ続けたいと思ってる。お互い飽きるまでね」
杏菜が怯んだように瞳を揺らして狩矢を見つめる。その唇から小さく「…狂ってる」という呟きが聞こえた。
本当にそうだ。
狩矢と勇利は、この狂った“遊び”を楽しんでいる。
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